ともしび)” の例文
……酒ひと瓶と湖の小魚、汀の心をめたぜんであったが、貧しいともしびの下に二人相対して坐ったときは、祝いの気持よりも寂しさが身にしみた。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなるともしびぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一—六三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あしたに稽古の窓にれば、垣をかすめて靡く霧は不斷の烟、ゆふべ鑽仰さんがうみねづれば、壁を漏れて照る月は常住じやうぢゆうともしび、晝は御室おむろ太秦うづまさ、梅津の邊を巡錫じゆんしやくして、夜に入れば
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
獣油のともしびに点されて仄かに見えるは寝台である。寝台の横手の巌棚の上に無数の器物うつわが載せてある。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ともしびと共に、それら異体な人物が、二十人余りずらりと居ならんだ。伝法あぶれ者揃いでも、こういう席となると一種厳粛な気分が漂い、森として無駄口一つ叩く者がない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
李張はふらふらとその丘の上にあがった。黄昏ゆうぐれの邸内には燭火ともしびの光が二処ふたところからちらちらとれていた。垣はすぐ一跨ひとまたぎのところにあった。彼はそこにたたずんでともしびの光を見ていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
衣裳をも同処おなじところおかず、同じ所にてゆあみせず、物を受取渡す事も手より手へじきにせず、よるゆくときは必ずともしびをともしてゆくべし、他人はいふに及ばず夫婦兄弟にても別を正くすべしと也。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
饗宴のともしびとなってもやがて消えはて
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
彼の座所へ、侍が、ともしびを運んで来た頃には、彼のおもてに、何か、悲壮な決意がすわっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ともしびの白い灯を見つめながら彼は純白な幼な心に返ってそれをおもい出していた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)