油単ゆたん)” の例文
旧字:油單
「……なにか御祝儀でもありましたろう、おりあしく、榊原のお徒士かち衆が油単ゆたんをかけた釣台つりだいをかついで門から出てまいりまして……それで……」
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それへ油単ゆたんを上から冠せた、そういう人と馬とを囲繞いじょうし、十数人の荒くれ男が、鉄砲、弓、槍などを担いで、護衛して歩いているからであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
時には、借る宿もなく、木蔭に油単ゆたんを敷いて、更着かえぎかついでしのぐ晩もあり、木賃きちん屋根やねの穴に星を見つつ臥す晩もあるが、寺院は最良な旅籠はたごだった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二時間ばかり待ってようよう釣台が来てそれに載せられて検疫所を出た。釣台には油単ゆたんが掛って居て何も見えぬけれども人の騒ぐ音で町へ這入った事は分る。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
遠慮深げに油単ゆたんをかけて置かれてあったのでございますが、香油の匂いを嗅いでふと思わず頭をあげた私は、何気なしにその鏡台のほうへ眼をやったのですが
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
どうしてこんな物がこの家に伝わっていたのであろう、———色褪いろあせたおおいの油単ゆたんを払うと、下から現れたのは、古びてこそいるが立派な蒔絵まきえ本間ほんけんの琴であった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鳶頭の辰蔵は、釣台の上に掛けた油単ゆたんを引っ張って、一生懸命、千両箱を隠すと、番頭の源助はその前に立ちふさがって、精いっぱい外から見通されるのを防ぎました。
重ね夜具の中に寝た喜兵衛は、すぐに油単ゆたんを掛けさせ、「誰もついて来るな」と念を押した。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
折悪おりあしく、そこへ油単ゆたんの包みが破れて、その紙片が長く氷柱つららのようにブラ下がっていたのを、火の手が、藤蔓ふじづるにとりついた猿のように捉えると、火は鼠花火の如く面白く走って
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それと向い合った壁際には桐の箪笥が油単ゆたんに被われて、その側に紫檀の大きな鏡台が置いてあった。その少し斜め上の壁に細棹ほそざおの三味線が一つ、欝金木綿うこんもめんの袋にはいって鴨居から下っていた。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三荷の荷物では、油単ゆたんをかけた箪笥一つ、吊台二つ。
よめいり荷物 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
何んと日中暑いのに、その駕籠は上から油単ゆたんをかけ、内に乗っている主人の姿を、全然人に見せないではないか。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『竹筒に水を入れて、駕へくくっておいておくれ。それから中に、油単ゆたんや小蒲団をかさねておくようにね』
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さぶは戸納とだなをあけて、新しいふた組の蒲団をみせ、ひと組はおすえが作って来たものだと説明した。そのふた組は唐草の油単ゆたんに包んであり、べつのところに、もうひと組の蒲団があった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その舟のさばき加減を見ると、不安げに見まもっていた女の子は、はじめてホッと安心したらしく、立ち直って油単ゆたんをかけて置いた台のものをとると、そこに、お重があり、お銚子が待っている。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
街道の家々の途切れ途切れを、二張の古びた小田原提灯の、黄味を帯びた燈に点綴てんてつさせて、油単ゆたんをかけた旅駕籠が二挺、通って行くのが野を越えて見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十六夜日記いざよいにっきの筆者が、この山中に宿った夜は、寝小屋もないまま、柿の木の下に油単ゆたんをかけ、落葉を敷いて、まどろんだところ、やがてれ柿の実が、ぼとぼとと落ちて来るので寝つかれもせず
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)