気圧けお)” の例文
旧字:氣壓
表情の自由な、如何いかにも生き生きとした妖女ようじょの魅力に気圧けおされて、技巧を尽した化粧も着附けも、醜く浅ましい化物のような気がした。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
皆も其後、二階や三階から変に気圧けおされるようなあんな家へは、次第に足が向かなくなってしまったんだ。云ってみりゃあ遊牧の群だね
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しまいには、その鏡に気圧けおされるのか、両手の利かないお敏の体が仰向あおむけに畳へ倒れるまで、手をゆるめずに責めるのだと云う事です。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
八郎太が、よろよろ近づくのに、浪人達は、気圧けおされたように、恐怖の眼をして、眺めていた。牧が、じっと八郎太を眺めていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼はすっかり気圧けおされてはいたけれど、早晩戦いを始めようとしてる二つの相反する信念が、共に偉大なものであることを知っていた。
が、姫の覚悟に気圧けおされて、ぴたりとそこへ釘づけになる。凄まじい間。姫は堅く眼を閉じ、身動きもせずに、成吉思汗ジンギスカンの襲って来るのを待つ。
まなじりが、裂けるとったらいゝのだろう。美しい顔に、凄じい殺気がほとばしった。父も、子のはげしい気性に、気圧けおされたように、黙々として聴いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どっかりと横に寝そべったあの青瓜の大頭おおあたまの前に出ては、何となく気圧けおされがちに見えるのもおもしろいと思った。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
そして兵員の末に至るまで、自分たちの一挙一動を注視しているこの両側の群集のみやびやかさと気品とに気圧けおされたように、一語を発するものもないのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
五人の友輩ともがら、幾人かの弟子どもを、刀を抜かず打ち倒した雪之丞の、あまりに昂然こうぜんたる意気に、気圧けおされはしたが、退きもならず、勇気を振い起し、髪の毛を逆立てて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
とゞまるといふにもあらで、たゆたふやうなるが、月星などの光あるに気圧けおさるゝかとも見ゆるさまなるを、たゞ、いざよふ雲と云はんもをかしからず、たゞよふ雲、たちまよふ雲
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
やい、しょうちのならねえ餓鬼共、と許生員は我鳴がなり立ててもみたが、連中はおおかた散り失せたあとで、数少くとり残されたのが権幕に気圧けおされあたりから遠のいているだけだった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
……笑うと、ぼく自身余裕が生まれたのか、それとも、それまでなんとなく気圧けおされていた彼に、やっと同等の生真面目きまじめな「少年」を発見したことのせいか、ぼくに元気が恢復かいふくしてきた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「ばか阿女、いくらでもえろ」と浩平は気圧けおされ気味で、にっと笑った。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
すっかり気圧けおされて、車道の方に、はみ出たのであったが、おしゃべりの朝野としては、ここでまた一言なかるべからざるところで、彼は、——いや、物語のテンポを早くしようと言った口の
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
雨の音が一きわ騒がしくなって、風が煙突にうなり、庭園にわの方では木の枝の断切ちぎれて飛ぶ音がする。それに、猟犬どもが間断ひっきりなしに吠え立てるので、暴風雨あらしの叫びや樹々の軋る音も気圧けおされるくらいだ。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
伍一は半ば気圧けおされるような思いでしっかりとうけとめながら
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
久美子は気圧けおされてひと足、後に退った。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その目まぐるしいほどの手の運動と、鏡の端に映った自分の顔半分とに、私はすっかり気圧けおされて、顔を向けながら室の中を見廻した。
娘たちはずおずしていて、気圧けおされたささやきで答えるばかりだった。娘たちはやはり夫人を恐がっていた。前よりいっそう恐がっていた。
彼は、予想以上に立派な邸宅に気圧けおされながら、暫らくはその門前に佇立した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
富士春は、益満と、いつの間にか、後ろめたい関係になっていたので、庄吉の意気込みに、気圧けおされていたが、お嬢さん、と聞くと、自分が、着物を曲げてまで、苦労して来たことが、思い出されて
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼は碌々ろくろく話も交えない労働者らの間にあって、人れない気圧けおされたような様子をしてる凸額おでこの少年の病的な顔つきを、始終観察していた。
私は変に気圧けおされた心地になって、てれ隠しに煙草を吸い初めた。そこへ、お光が銚子を持ってきた。
月かげ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼は、予想以上に立派な邸宅に気圧けおされながら、暫らくはその門前に佇立ちょりつした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
初めのうちオーベルは、牧師とヴァトレー氏との学殖や上品な態度に気圧けおされて、彼らの会話をのみにしながら黙っていた。
一寸気圧けおされた形になったし、もう進行しだしてる汽車の動揺と響とにいきなり心が捲き込まれた形にもなって、煙草を吸うだけの余裕もなく、両腕を組んで眼瞼を閉じた。
小説中の女 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
メルキオルはすっかり気圧けおされて、ポケットから金を取出し、それを息子に渡した。クリストフは扉の方へ進んでいった。メルキオルは彼を呼んだ。
お祖父さんのようすがいつになく極めて真剣なのに、すっかり気圧けおされてしまっていました。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そしてクリストフがしっかりしてるので、メルキオルは言い張りはしなかった。自分を判断してるその十四歳の少年の厳格な眼の前に出ると、不思議に気圧けおされるのを感じた。
弁士の声や華やかな映画や広間にぎっしりつまってる看客などから、変に気圧けおされる心地がして仕方なかった。馬鹿馬鹿しいと思う心の下から、自暴やけぎみの反抗心が湧いてきた。
神棚 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
がついに思いきって、なんという名前か、どこから来たか、父親は何をしているか、などと尋ねだした。クリストフは堅くなって何にも答えなかった。彼は涙が出るほど気圧けおされていた。
昌作は何故ともなく気圧けおされる気がして、ただじっと待っていた。禎輔の心が今そんな所にある筈ではなかった。九州の炭坑に行くか否かの昌作の返答こそ、今晩の問題であるべき筈だった。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
友の圧倒的な調子に気圧けおされていたし、また、商業評議員オスカル・ディーネル氏が蓄積した金は、それ以上に高尚な使い道を見出すことはできないという友の確信に、説き伏せられてしまっていた。