気合けわい)” の例文
旧字:氣合
屋敷のなかは人の住む気合けわいも見えぬほどにしんとしている。門前を通る車の方がかえってにぎやかに聞える。細い杖の先がこちこち鳴る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
森閑しんかんとして人の気合けわいのない往来をホテルまで、影のように歩いて来て、今までの派出はでなスキ焼を眼前がんぜんに浮かべると、やはり小説じみた心持がした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひっそりして人の気合けわいもしないから、泥足のまま椽側えんがわあがって座蒲団の真中へ寝転ねころんで見るといい心持ちだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三人がひとしく笑う。一疋の蟻は灰吹はいふきを上りつめて絶頂で何か思案している。残るは運よく菓子器の中で葛餅くずもち邂逅かいこうして嬉しさの余りか、まごまごしている気合けわいだ。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何となく物騒ぶっそう気合けわいである。この時津田君がもしワッとでも叫んだら余はきっと飛び上ったに相違ない。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眠られぬ戸に何物かちょとさわった気合けわいである。枕を離るるかしらの、音するかたに、しばらくは振り向けるが、また元の如く落ち付いて、あとは古城の亡骸なきがらに脈も通わず。しずかである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「危きにのぞめば平常なしあたわざるところのものをし能う。これ天祐てんゆうという」さいわいに天祐をけたる吾輩が一生懸命餅の魔と戦っていると、何だか足音がして奥より人が来るような気合けわいである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)