放下ほうげ)” の例文
三四郎はハンドルをもったまま、——顔を戸の影から半分部屋の中に差し出したままこの刹那せつなの感にみずからを放下ほうげし去った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以上説くところの道元の思想は、すべて彼の根本の情熱——身心しんじん放下ほうげして真理を体得すべき道への情熱に基づいている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
国のために、道のために、主義のために、真理の探究のために心を潜めるものは、今日でも「諸縁を放下ほうげすべき」であり、瑣々ささたる義理や人情は問題にしないのである。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
爲してはならぬこと、思つてはならぬ事が有つたらば、直に其を放下ほうげするが宜い。それは氣を確固にするの道であるから、然樣すれば氣が確くなつて散渙することが無くなる。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「一切有縁うえん放下ほうげして、八方空」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「我に三等の弟子あり。いわゆる猛烈にして諸縁しょえん放下ほうげし、専一に己事こじを究明するこれを上等と名づく。修業純ならず駁雑はくざつ学を好む、これを中等と云う」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死の恐怖に打ち勝ったものでなくては、すなわち十丈の竿のさきにのぼって手足を放って身心しんじん放下ほうげするごとき覚悟がなくては、仏の真理へ身を投げかけたとは言えなかろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
放下ほうげしてしまって、またそこらを見ると、とこではない、一方の七、八尺ばかりの広い壁になっているところに、その壁をいくらも余さない位な大きな古びたじくがピタリと懸っている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
同化してその物になるのである。その物になり済ました時に、我を樹立すべき余地は茫々ぼうぼうたる大地をきわめても見出みいだし得ぬ。自在じざい泥団でいだん放下ほうげして、破笠裏はりつり無限むげん青嵐せいらんる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
肩に重荷を置いているようである。しかしながら自分は今、伝道のこころを放下ほうげしようとする「激揚の時」を待っている。だからしばらく「雲遊萍寄うんゆうひょうき」して、ここに先哲の風をまねようと思う。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
善も投げ悪も投げ、父母ちちははの生れない先の姿も投げ、いっさいを放下ほうげし尽してしまったのです。それからある閑寂かんじゃくな所を選んで小さないおりを建てる気になりました。彼はそこにある草をりました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)