雁木がんぎ)” の例文
向島は桜というよりもむしろ雪とか月とかで優れて面白く、三囲みめぐり雁木がんぎに船をつないで、秋の紅葉を探勝することは特によろこばれていた。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
私は蓮根の天麩羅を食うてしまって、雁木がんぎの上の露店ろてんで、プチプチ章魚たこの足を揚げている、揚物屋のばあさんの手元を見ていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
江戸の町にいふ店下たなしたを越後に雁木がんぎ(又はひさし)といふ、雁木の下広くして小荷駄こにだをもひくべきほどなり、これは雪中にこのひさし下を往来ゆきゝためなり。
五月もはや末であるのに、どの家も冬のままの大戸をおろし、雁木がんぎの下の通りを左右に覗いて見ても、一人も通る者がない。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
軒の低い、柱の曲った雁木がんぎがうねうねとつづいて、大抵の家は燈火あかりをつけていたが、まだ燈火をけずにいる家もあった。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
渡船小屋わたしごや雁木がんぎがずつと川に延びて行つてゐた。そこには船が一隻つないであつた。人が五人も六人も乗つて、船頭の下りて来るのを待つてゐる。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃木まきが四、五本もくべてあって、天井から雁木がんぎるした鉄瓶てつびんがぐらぐら煮え立っていた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
雁木がんぎといって、いかり形にった木片に刃物をとりつけ、これをむこうの糸にからませ、引っきって凧をぶんどる。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
持っていた柿団扇かきうちわ(軍配)のひも佩刀はいとうの環にくくり付けると、井楼の雁木がんぎに足を懸け始めた。小姓たちは、その尻を押し上げ押し上げ、人梯子ひとばしごを重ね上げた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「三田さん、あんたほんまに川べりの雁木がんぎへ行つて、あてと一緒にお月見しませうよ。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
と船を漕出し、永代橋を越して御浜沖おはまおきへ出て、あれから田町たまち雁木がんぎへ船をけまして
雁木がんぎの凹みのように、小さな峰が分れて、そこから日本アルプスの禿げた頭が、ぐいと出ている、雪の線が二筋三筋ほど、すすきに白いが入ったように、細く刻まれて、荒ららかな膚に
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その翌朝、彦太はもうじっとしていられなくて、先のとがった雪帽を肩のところまでかぶり、かんじきの紐をしめると、家をとびだした。雁木がんぎ道がつきると、雪穴をのぼって、往来へ出た。
雪魔 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
鳥とまり光りゆらめく海中わだなか雁木がんぎひとつをぬがにぞ見る
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
江戸の町にいふ店下たなしたを越後に雁木がんぎ(又はひさし)といふ、雁木の下広くして小荷駄こにだをもひくべきほどなり、これは雪中にこのひさし下を往来ゆきゝためなり。
其方そつちを振向くと、丁度ちやうど、今二十はたち位になる女が、派手な着物を着た女が、その渡船小屋わたしごや雁木がんぎの少し手前のところから水へと飛込んだ処であつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
こんな寒い夜でもだるま船が出るのか、お養父さんを迎えに町へ出てみると、雁木がんぎについたランチから白い女の顔が人魂ひとだまのようにチラチラしていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
この凧に附随したものは、即ち「雁木がんぎ」と「うなり」だが、長崎では「ビードロコマ」といって雁木の代りにビードロの粉を松やにで糸へつけて、それで相手の凧の糸をり切るのである。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
鮮やかな白さを失って、灰に化性けしょうしたようになって、谷の隈に捨てられている、昨日通った槍ヶ岳の山稜から、穂高岳へとかけて大きく彎曲した、雁木がんぎのようなギザギザの切れ込みまでが
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ただ一軒の店が道へ突き出してショウウィンドウでも作れば、百千の家の前の雁木がんぎが無益になってしまう。ペンキ塗りの高い家が一つできれば、雪をおろす共同組織が変更せられねばならぬ。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうするとお村はなんにも言わずに友之助のひざに取付き、声を揚げて泣きますから、友之助は一向何事とも分らぬから、兎も角も早く様子が聞きたいと云うので、向島むこうじま牛屋うしや雁木がんぎから上り、船を帰して
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
火を燃やしながら美しい紙船が、雁木がんぎを離れて沖の方へ出ていた。港には古風な伝馬てんま船が密集している。そのあいだを火の紙船が月のように流れて行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ネクタイをひらひらさせた二人の西洋人が雁木がんぎに腰をかけて波の荒い景色にみいっていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)