きし)” の例文
とたんに、彼女のうしろに、金属のきしる音がした。入口の重い鉄扉は、誰も押した者がないのに、早もう、ぴったりと閉っていた。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
腰から下は濛々もうもうと舞いあがるほこりにかくして、歩兵の一群が過ぎると、間もなく輜重兵しちょうへいの隊列が、重い弾薬車のきしりで町並の家々をゆすぶりながら通った。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
其れはまだ人々が「おろか」と云ふ尊い徳を持つて居て、世の中が今のやうに激しくきしみ合はない時分であつた。
谷崎潤一郎氏の作品 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
新子は、いきどおりで身体が、熱くなっていた。今まで比較的に、平穏無事であったために、きしみ合うことなしに過ぎた二人の性格の歯車が、今やカツカツと音を立てて触れ合っているのだった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さういふ街道を父は独占したやうなつもりで街道の真中まんなかを歩いて行つた。然るにややしばらくすると、僕のうしろの方で人力車じんりきしやの車輪のきしる音がした。さうしてヘエ、ヘエ、といふ懸声かけごゑがした。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ところかぜいた人が常磐津ときはづを語るやうなこゑでオー/\といひますから、なんだかとおもつてそばの人に聞きましたら、れは泣車なきぐるまといつて御車みくるまきしおとだ、とおつしやいましたが、随分ずゐぶん陰気いんきものでございます。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)