蟀谷こめかみ)” の例文
にも拘らず、顔の上半分が妙に老けていて、骨っぽい額に曇りを帯び、蟀谷こめかみの皮膚がゆるんで皺を寄せていた。鼻と眼とに特長があった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
蟀谷こめかみのところへ紫色の頭痛こうなんぞをって、うるんだ目付をして、物を思うような様子をして、へえ前の処女おぼこらしいところは少許ちっともなかった。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ずきんずきん蟀谷こめかみがうずき、頭の皿の皮がつっぱってしめつけられるようで、この手紙をかくこともやっとの思いです。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
下腹の辺に熱い酒がぶつ/\沸き上がって、額から双の蟀谷こめかみがほんのり汗ばみ、頭の鉢の周囲が妙に痺れて、畳の面は船底のように上下左右へ揺れて居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蝶蝶のやうに飛びあがり飛びくだるお手玉といつしよにお蕙ちやんの顔がうなづくたんびに紅白だんだらに染めた簪のふさ蟀谷こめかみのあたりにはらはらとみだれる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
頭がくわつとなつたが、それが治まらないで、輕い頭痛と變つて、蟀谷こめかみが痛んだ。時計が五十分にちかづいた。刻々にその刻秒の音が聞えるほどあたりは靜かである。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
この蟷螂かまきり少からず神経性だと見える。その利鎌を今度はた振り右と左でくうかえす、そのつかを両膝にしかと立てると、張り肱の、何かピリピリした凄い蟀谷こめかみになる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「いいえ、別に……」と、お北はゆうべと同じような返事をしていたが、自分でも少し悪寒さむけがするように感じられてきた。気のせいか、蟀谷こめかみもだんだん痛み出した。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お国はその時、少し風邪かぜの心地で、蟀谷こめかみのところに即効紙そっこうしなどって、取りみだした風をしていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
下豊しもぶくれの柔和な顔であるのに私に視入られると雪子は、頬をひき吊り蟀谷こめかみのかすかな筋をふるはせた。この恋の要求が逸早いちはやく自分の身なりに意を留めさせ、きたない顔を又気に病ませた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
横山——左の蟀谷こめかみの上に二錢銅貨位な禿があつて、好んで新體詩の話などをする、二十五六のハイカラな調劑助手に強請ねだつて、赤酒の一杯二杯を美味うまさうに飮んで居ると、屹度誰か醫者が來て
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
わしの動悸は狂ほしく鼓動して蟀谷こめかみのあたりには蛇の声に似た音が聞えるかとさへ疑はれる。汗が額から滝の如く滴るのも、丁度わしが大きな大理石の板を擡げでもしたやうに思はれるのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
男子は皆その頭の頂上を四角形に剃り開き、この四角形の前方の兩隅から蟀谷こめかみまで、頭の兩側を剃り下げる。頭の後部も同樣頸窩ぼんのくぼまで剃り下げる。前頭には一束の髮を殘して、その餘は剃り捨てる。
支那人弁髪の歴史 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
こなた*ヘレノス近よりてデーイピロスの蟀谷こめかみ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
やまうどは落居おちゐねぶり、蟀谷こめかみ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
と、彼女のほっそりした指の先が、冷めたく、ぬるりとれるのであった。見ると、「首になった道阿弥」のひたいから蟀谷こめかみの辺に冷汗がたら/\流れている。
蟀谷こめかみのあたりがぴくぴく震え、眼窩が陥入って、眼玉が円く飛び出ていた。ただ頬から眉へかけた淋しみと、夜具の外へ投げ出してる手指とに、昔の面影が僅かに残っていた。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
染奴は、蟀谷こめかみのいろを浮かべながらも、決意のほどを明らかにした。癇性らしい気質が、浮きあがった蟀谷こめかみの青筋をびくつかせ一重瞼の細い眼が、狐のように、つりあがっている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
横山——左の蟀谷こめかみの上に二銭銅貨位な禿があつて、好んで新体詩の話などをする、二十五六のハイカラな調剤助手に強請ねだつて、赤酒せきしゆの一杯二杯を美味さうに飲んで居ると、屹度誰か医者が来て
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お国はけわしい目を光らせながら、グイグイ酒を飲んだ。飲めば飲むほど、顔が蒼くなった。外眦めじりが少し釣り上って、蟀谷こめかみのところに脈が打っていた。唇が美しいうるおいをもって、頬がけていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
取りて、耀く頭鎧はその蟀谷こめかみの上搖ぐ。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
私はそろ/\頭の鉢がキリ/\して来て、誰かゞ双方の蟀谷こめかみをほてった手で抑えて居るように感じた。その中には何もかも判らなくなった。けれどもまだ舌ばかりは動いて居た。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
額から蟀谷こめかみへかけた小皺が、脂を浮かして気味悪く光っていた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
言下に右の蟀谷こめかみへピストルをあてゝ自殺をした『罪と罰』の中の Svidrigailoff のように、「私は大阪へ行くんだから。」と云って、忽ち眼を舞わして此の場へ悶絶したら
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蟀谷こめかみの皮がよじれる程強くめ上げた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)