河間かかん)” の例文
八月耿炳文こうへいぶん兵三十万を率いて真定しんていに至り、徐凱じょがいは兵十万を率いて河間かかんとどまる。炳文は老将にして、太祖創業の功臣なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その後、長男の袁譚えんたんは、甘陵かんりょう、安平、渤海ぼっかい河間かかん(河北省)などの諸地方を荒らして、追々、兵力をあつめ、三男袁尚えんしょう中山ちゅうざん(河北省・保定)にいたのを攻めて、これを奪った。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
就中なかんづく河間かかん王深わうしん居邸きよてい結構けつこう華麗くわれいしゆたるものにして、しか高陽王かうやうわうくわきそひ、文柏堂ぶんはくだう造營ざうえいす、さかんなること帝居ていきよ徽音殿きおんでん相齊あひひとし、清水しみづ玉轆轤ぎよくろくろき、黄金わうごんつるべるに
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、悪策をめぐらして、太后を河間かかん(河北省・河間県)という片田舎へうつしてしまった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のち功臣を賞するに及びて、張玉を第一とし、河間かかん王を追封ついほうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)