愛翫あいがん)” の例文
そうして、彼女の右手の指にはまっている五つのたまきは、亡き母の片身として、彼女の愛翫あいがんし続けて来た黄金の鐶であった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
何故と云えば、彼が煙管を得意にするのは、前にもことわったように、煙管そのものを、愛翫あいがんするからではない。実は、煙管の形をしている、百万石が自慢なのである。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
古銭を蒐集しゅうしゅうすることの好きな彼は、異国の銀貨を手に入れて、人知れずそれを愛翫あいがんするうちに、そんな古銭にまじる銀貨から西洋というものを想像するようになった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
数年を経てようやく先代をはずかしめぬ鶯を養成しこれを再び天鼓と名づけて愛翫あいがんした
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これは日頃主人が非常に愛翫あいがんしておった菫花すみれの模様の着いた永楽えいらくの猪口で、太郎坊太郎坊と主人が呼んでいたところのものであった。アッとあきれて夫婦はしばし無言のまま顔を見合せた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
唐机とうづくえの上なる書掛かきかけの草稿と多年主人あるじ愛翫あいがんの文房具とを照し出す。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美術品として愛翫あいがんあたわざらしむる事なし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
かうを彼と結ぶもの、当世の才人すくなからず。その中に一詩人あり。Charles Baudelaire と云ふ。マネが侯爵夫人の画像を得て、愛翫あいがんする事洪璧こうへきの如し。
しかし斉広は、その煙管を持っている事をはなはだ、得意に感じていた。もっとも断って置くが、彼の得意は決して、煙管そのものを、どんな意味ででも、愛翫あいがんしたからではない。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)