かへ)” の例文
彼が、宏壮な邸宅に圧迫されながら思はずきびすかへさうとした時だつた。噴泉の湧くやうに、突如として樹の間から洩れ始めた朗々たるピアノの音が信一郎の心をしつかと掴んだのである。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
一寸立留つて振かへつて見ると、少し隔つて若い女性がたゝずんでゐる。見覺えのある顏だな、と思つたが、其人は立つたまゝ動かない、おりて來ようともしない。何人だらう。私は二三歩後戻りした。
(旧字旧仮名) / 吉江喬松吉江孤雁(著)
樹の間を洩れて来るピアノの曲は、信一郎にも聞き覚えのあるショパンの夜曲ノクチュルンだつた。彼は、かへさうとしたきびすを、釘付けにされて、暫らくはその哀艶な響に、心を奪はれずにはゐられなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)