北朗来庵ほくろうらいあん
その昔し、豊臣家が亡びかけてからの事、和寇と云ふものがあつて支那の東南の海岸を荒す、其の勢すさまじく、支那人大に恐れをなして、南清のある孤島に高い/\見張所をこしらへて、いつもその見張所の上に番人が居て、和奴来るや否やと眼を皿大にして見て居 …