遁帰にげかえ)” の例文
我を忘れてばらばらとあとへ遁帰にげかえったが、気が付けば例のがまだ居るであろう、たとい殺されるまでも二度とはあれをまたぐ気はせぬ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さうなつたらむを得ず日本へ遁帰にげかえりて再び生命を一枝の筆に托せざるを得ざるべきも、先づそれまでは死力を尽して奮闘の覚悟に候、北京の町の汚なさお話になつたものにあらず
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お雪は遁帰にげかえ機掛きっかけもなし、声を立てるすうでもなし、理窟をいうわけにもかず、急におなかが痛むでもない。手もつけられねば、ものも言われず。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うふん。」といって、目をいて、脳天から振下ぶらさがったような、あかい舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然ぞっとして、雲の蒸す月の下をうち遁帰にげかえった事がある。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やれやれ生命いのちを拾いたりと、真蒼まっさおになりて遁帰にげかえれば、冷たくなれる納台すずみだいにまだ二三人居残りたるが、老媼の姿を見るよりも、「探検し来りしよな、蝦蟇法師の住居すまい何処いずこ。」
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ええ、仁右衛門にえむの声だ。南無阿弥陀仏なんまいだ、ソ、ソレ見さっせえ。宵に門前もんまえから遁帰にげかえった親仁めが、今時分何しにここへ来るもんだ。見ろ、畜生、さ、さすが畜生の浅間しさに、そこまでは心着かねえ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)