“蜷川”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
になかは50.0%
にながわ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「廿六日。晴。関藤せきとうへ行。政太郎病死之悔。」わたくしは関藤藤陰の詳伝を知らない。しかし其長子政太郎は、文化四年生れの藤陰が蜷川になかは氏をめとつて、弘化三年四十歳の時にまうけたものである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
相津宗印以下十数名の浪士、評定衆となり、目付には森宗意、蜷川にながわ左京、其他、弓奉行、鉄砲奉行、使番等数十名の浪士之を承った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)