田舎源氏いなかげんじ)” の例文
節子の手箱の底には二枚続きの古い錦絵にしきえも入れてあった。三代豊国とよくにの筆としてあって、田舎源氏いなかげんじの男女の姿をあらわしたものだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一 柳亭種彦りゅうていたねひこ田舎源氏いなかげんじ』の稿を起せしは文政ぶんせいの末なり。然ればそのよわい既に五十に達せり。為永春水ためながしゅんすいが『梅暦うめごよみ』を作りし時の齢を考ふるにまた相似たり。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三、四年前の田舎源氏いなかげんじの一件なんぞがいい手本だ。みんなひどい目に逢いながら、やっぱり懲りねえらしい。増村の息子をはじめ、その遊び仲間は工面くめんのいい家の息子株だ。
休憩時間は十ぷんである。廊下へ出るもの、喫煙に行くもの、用をして帰るもの、が高柳君の眼に写る。女は小供の時見た、豊国とよくに田舎源氏いなかげんじを一枚一枚はぐって行く時の心持である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわゆる女にしても見ま欲しいという目眩まぶしいような美貌で、まるで国貞くにさだ田舎源氏いなかげんじの画が抜け出したようであった。難をいったら余り美くし過ぎて、丹次郎たんじろうというニヤケた気味合きみあいがあった。
かの田舎源氏いなかげんじ自来也じらいや物語、膝栗毛ひざくりげ八笑人はっしょうじん、義太夫本、浄瑠ママ本のごとき、婦女童子もこれを読んでよく感動し、あるいは笑い、あるいはかなしむもの、まことに言語・文章の相同あいおなじきゆえんなり。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
焼芋がこぼれて田舎源氏いなかげんじかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
させておきましたのでお遊さんは相変らず『田舎源氏いなかげんじ』の絵にあるような世界のなかにいたわけでござりますが大阪の小曾部の家とわたくしの父の家とはその時分からだんだんびろくいたしまして前にも申しましたように母が亡くなります前後にはわたくしどもはろうじのおくの長屋にすむようなおちぶれかたを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
種彦たねひこの小説『田舎源氏いなかげんじ』の挿絵さしえならびにその錦絵にしきえは共に国貞の描く所にして今日こんにちなほ世人に喜ばる。『田舎源氏』は国貞が晩年の画風をうかがふべき好標本たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その画集の中にある「ダンテの夢」と題したのは、版としても好ましく出来ていて、豊国の筆に成った田舎源氏いなかげんじの男女の姿を見るとは別の世界の存在を節子に示すであろうと思われた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)