爪弾つまびき)” の例文
旧字:爪彈
灯影を縫ってどこかの二階からか、やるせなさそうな爪弾つまびきの小唄が、一散走りのその駕籠を追いかけてなまめかしく伝わりました。
一人が柱にもたれて爪弾つまびきの三味線に他の一人を呼びかけて、「おやどうするんだっけ。二から這入るんだッけね。」とく。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しいんとしたなかに、どこからか、爪弾つまびきの音が伝わってきて、夜更けを告げる。中庭で、笹の葉がさらさらと鳴る……。でも吉乃は、明るかった。
操守 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なるほど娑婆に居る時に爪弾つまびき三下さんさがりか何かで心意気の一つも聞かした事もある 聞かされた事もある。忘れもしないが自分の誕生日の夜だった。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
そこで様子をうかがえば、お綱はたしかにこの荒屋敷あれやしきの中にいる。さっき、チラと洩れてきた爪弾つまびきでも知れる。だが、旅川周馬とかいう奴、一体留守なのか、いるのだろうか。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爪弾つまびきを遣る、洗髪あらいがみの意気な半纏着はんてんぎで、晩方からふいとうちを出ては帰らないという風。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二弦にげんの手軽なバラライカで、その音もゆかしい爪弾つまびきを聴きに集まる、胸や首筋くびすじの白い娘たちにめくばせをしたり、口笛を吹いたりする、あの二十歳はたち前後のおしゃれで剽軽ひょうきんな若者たちの装飾かざりでもあり
(だが、これは、先刻から私の聞いて来た音とは違う。私の道々聞いて来たのは、劇場のそれのような本式の賑かなのではなく、余り慣れない手が独りでポツンポツンと爪弾つまびきしていたような音だった)
涙しとしと爪弾つまびきの歌のこころにちりかかる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
また途切とぎれがちな爪弾つまびき小唄こうたは見えざる河心かわなか水底みなそこ深くざぶりと打込む夜網の音にさえぎられると、厳重な御蔵おくらの構内に響き渡る夜廻りの拍子木が夏とはいいながらも早や初更しょこうに近い露の冷さに
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)