“煙草入（たばこい）” の例文
賢造は苦笑（くしょう）を洩らしながら、始めて腰の煙草入（たばこい）れを抜いた。が、洋一はまた時計を見たぎり、何ともそれには答えなかった。
お律と子等と (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
寛斎は尻（しり）を持ち上げたかと思うとまた落ちつけ、煙草入（たばこい）れを腰に差したかと思うとまた取り出した。そこへお民も茶を勧めに来て、夫の方を見て
夜明け前：01 第一部上 (新字新仮名) ／ 島崎藤村(著)
公爵夫人があわただしく煙草入（たばこい）れを出して、うるさい音を立てて嗅ぎ始めたので、わたしはぎょっとしたほどだった。
はつ恋 (新字新仮名) ／ イワン・ツルゲーネフ(著)
「イヤとてもお話にもなんにも……」とやっぱり頭をかいていたがポケットから鹿皮（しかがわ）のまっ黒になった煙草入（たばこい）れとひしゃげた鉈豆煙管（なたまめぎせる）とを取り出した。
二老人 (新字新仮名) ／ 国木田独歩(著)
いかにも、心からくつろいだように、九兵衛はさりげなく煙草入（たばこい）れを抜きとって、ゆうべからの暗中飛躍などは、みじんも顔にあらわしておりません。
江戸三国志 (新字新仮名) ／ 吉川英治(著)
それから煙管（きせる）と煙草入（たばこい）れを抽斗（ひきだし）から取り出すと、二、三服大急ぎで吸いつけながら、問題の鞄を取り上げた。
五階の窓：03 合作の三 (新字新仮名) ／ 森下雨村(著)
悠々と蒲団の上に座って、角細工（つのざいく）の骸骨（がいこつ）を根付（ねつけ）にした煙草入（たばこい）れを取出した。彼は煙を強く吹きながら、帳場に働くおてつの白い横顔を眺めた。そうして、低い声で頼山陽（らいさんよう）の詩を吟じた。
二階から (新字新仮名) ／ 岡本綺堂(著)
ピストルの形をした煙草入（たばこい）れみたいな男だった。その爆発は嚔（くしゃみ）と同じだった。
レ・ミゼラブル：07 第四部　叙情詩と叙事詩　プリューメ街の恋歌とサン・ドゥニ街の戦歌 (新字新仮名) ／ ヴィクトル・ユゴー(著)
葉子はしいて自分を押ししずめるために、帯の間から煙草入（たばこい）れを取り出してゆっくり煙を吹いた。煙管（きせる）の先が端（はし）なく火鉢（ひばち）にかざした岡の指先に触れると電気のようなものが葉子に伝わるのを覚えた。
或る女：2（後編） (新字新仮名) ／ 有島武郎(著)
年も半蔵より三つほど上で、腰にした煙草入（たばこい）れの根付（ねつけ）にまで新しい時の流行（はやり）を見せたような若者だ。
夜明け前：01 第一部上 (新字新仮名) ／ 島崎藤村(著)