心遣こころや)” の例文
その心遣こころやりがむくいられたのか、それとも、単に私の気の迷いか、近頃では、夫人は、何となく私の椅子を愛している様に思われます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
馴々なれなれしくことばをかけるぐらいせめてもの心遣こころやりに、二月ふたつき三月みつきすごうちに、飛騨の涼しい秋は早くも別れを告げて、寒い冬の山風が吹いて来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たといいまわしききずななりとも、この縄の切れて二人離れ離れにおらんよりはとは、その時苦しきわが胸の奥なる心遣こころやりなりき。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あたしい住居じゅうきょうつってから一ねんともたないうちに、わたくしはせめてもの心遣こころやりなる、あのお墓参はかまいりさえもできないまでに、よくよく憔悴やみほうけてしまいました。
乳のみ児の世話や——配所へ送られる良人への心遣こころやりに——妻の玉日のまえは、ゆうべは、一睡もしなかったはずである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鶴見は現在自分の内部にっているこの幻想を、少し離れたところからながめていられるようになっている。それがせめてもの心遣こころやりであろう。
諸侯方をはずかしめてお心遣こころやりを遊ばすなどとは、太守の御身分としてまことに軽々しきお振舞い、……かようなことでは御家風にも障るでござりましょう
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何やっぱり道はおんなじで聞いたにも見たのにもかわりはない、旧道はこちらに相違はないから心遣こころやりにも何にもならず、もとよりれっきとした図面というて
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三人が三人、巴里パリるわけに行きませんから、せめて息子だけ、巴里って恋人に添わせて置くのを心遣こころやりに、私達は日本って母国へ帰って来ましたの。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これがせめてもの心遣こころやりで御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いささかの加増は、家康が心遣こころやりじゃ。弥四郎の取りなしによるものでないことは、分っておろうが」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姥 恋人の晃の留守に、人形を抱きまして、心遣こころやりに、子守唄をうたいまする。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玉日たまひ……」思わず口のうちでこう呼んでみて、せめてもの心遣こころやりにすることすらあった。熱い息の中で
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
読んでいて段々分りましたが、筆談でないと通じないほどでもないが、余程耳がうといらしい。……あるいはそんな事で、世捨人同様に、——俳諧はそのせめてもの心遣こころやりだったのかも知れません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これも夫人の心遣こころやりであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)