上辺うわべ)” の例文
旧字:上邊
上辺うわべはさも楽し相に、木馬と一緒に首をふり、楽隊の調子に合せて足を踏み、「風と波とに送られて……」と、しばし浮世の波風を、忘れ果てたさまである。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ハイ、今朝までに済みました。で貴公あなた方は?」これは上辺うわべの挨拶に過ぎぬのである。かような会話はもとより彼の好むところではない、むしろいとう方である。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
ただ上辺うわべから一見する時は、虐待ぎゃくたいされているように見えるけれど、その内実は反対で、彼は実に岩石ヶ城の一大秘密の要害地点を、鬼王丸から託されているので
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その上、倭文子が上辺うわべだけは、彼に対して、どんなによそよそしい態度をしていても、彼はカーテンの陰で、彼に対して与えた彼女の微笑を忘れる事は出来なかった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこで上辺うわべはさも嬉しそうに、いろいろ髪長彦の手柄をめ立てながら、とうとう三匹の犬の由来や、腰にさした笛の不思議などをすっかり聞き出してしまいました。
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ロシアとでも比べて見るが好い。グレシア正教の寺院を沈滞のままにまかせて、上辺うわべを真綿にくるむようにして、そっとして置いて、黔首けんしゅにするとでも云いたい政治をしている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すげなくされりゃ無え縁だと諦めも付いたろうに、お前は上辺うわべ以前もとの通り、俺に心中立しんじゅうだてをしてる振りをした。現にきょうも俺を胡麻化すつもりだろう、のめのめとやって来やがった。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
いわば彼の生活の核心をなしているものは、残らず人目を避けて行なわれる一方、彼が上辺うわべを偽る方便、真実を隠そうがために引っかぶる仮面——例えば彼の銀行勤めだの、クラブの論争だの
九郎助 上辺うわべはそうなっている。だが、俺、去年、大前田との出入りの時、喧嘩場からひっかつがれてから、ひどく人望をなくしてしまったんだ。それが俺にはよく分かるんだ。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
芸術は上辺うわべの思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatiqueクロマチック の方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし何よりも驚くべきはその美しい色艶いろつやで、燃え立つばかりに紅かったが、単に上辺うわべだけの紅さではなく、底に一抹いちまつの黒さを湛えた小気味の悪いような紅さであり、ちょうど人間の血の色が
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)