“おおとねり”の漢字の書き方と例文
語句割合
大舎人100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
明くれば六月二十二日で、北山行幸みゆきのご予定だった。御車備みくるまぞなえの大舎人おおとねりや随身もみなそのつもりで供奉ぐぶのしたくが始まり、ほかには何らつねと変ったところもなかった。
その日の焼亡はまことに前代未聞の沙汰さたで、しもは二条よりかみ御霊ごりょうつじまで、西は大舎人おおとねりより東は室町小路をさかいにおおよそ百町あまり、公家くげ武家のやしきをはじめ合せて三万余宇が
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
その日の焼亡はまことに前代未聞の沙汰さたで、しもは二条よりかみ御霊ごりょうつじまで、西は大舎人おおとねりより東は室町小路をさかいにおほよそ百町あまり、公家くげ武家のやしきをはじめ合せて三万余宇が
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
沓取くつとりには大舎人おおとねり信連のぶつらがひかえ、廊の立礼りゅうれいには、葉室はむろノ前大納言長隆ながたかとうノ中将宗兼、右中弁正経などのすがたが見えた。宮は、黙然お通りあって、そのまままッすぐに殿上のほうへ歩まれて行く。