随身門ずいじんもん)” の例文
用もないのに小路こうじ々々の果までを飽きずに見歩いた後、やがて浅草あさくさ随身門ずいじんもんそとの裏長屋に呑気のんき独世帯ひとりじょたいを張っている笠亭仙果りゅうていせんかうちへとやって来た。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
観音堂に向っては右が三社権現、それから矢大臣門(随身門ずいじんもんのこと)、その右手の隅に講釈師が一軒あった。
坂を降りて左側の鳥居を這入はいる。花崗岩みかげいしを敷いてある道を根津神社の方へく。下駄のけいのように鳴るのが、い心持である。げた木像の据えてある随身門ずいじんもんから内を、古風な瑞籬たまがきで囲んである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それから、この浅草寺ですが、混淆時代は三社権現が地主であったから馬道うまみちへ出る東門(随身門ずいじんもん)には矢大臣が祭ってあった。これは神の境域であることを証している。
既に『大窪おおくぼだより』その他の拙著において私は寺の門口もんぐちからその内外を見る景色の最も面白きは浅草の二王門及び随身門ずいじんもんである事を語った。れば今更ここにその興味を繰返して述べる必要はない。