相憎あいにく)” の例文
「赤城の山独活やまうどの漬です。お摘み下さい。新しくおけから出すと香気は高いのですが、相憎あいにくと、勝手の人間が誰も居らんもので——」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その日は相憎あいにくの大夕立で出足を阻まれ平次とガラ八が出動する頃になって、残る夕映の中に、漸く町々の興奮は蘇返よみがえって行く様子でした。
相憎あいにくさま、ふふんだと肚の中で呟いた、だが、考へやうによつては、おきよが苛々いらいらしてゐるのももつともだと云ふ気がしないではなかつた、どうせ、飲み屋のことだから
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
それにつれ相憎あいにくとわたしがもっとも嫌っているお雛妓たちの塗り白げた顔に、振り飜す袖袂の姿もちらほら眼につき出した。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
相憎あいにく皆んな家に居たそうで、どう詮索しても、佐太郎殺しの下手人は、吾妻屋には居ませんよ」
その夕は相憎あいにくとこの麓の里で新粟を初めて嘗むる祭の日であり、娘の神の館は祭の幄舎あくしゃに宛てられていた。この祭には諱忌ききのあるものは配偶さえ戸外へ避けしめる例であった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
相憎あいにくの月夜、五六間先へ、一散に逃げて行く源吉の後姿を隠す物のくまもありません。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこで指と指を組み合せ馴染の給仕に今日の料理場の内況を逐一ちくいち聴き取ろうとする気構えだ。だが相憎あいにくマネージャアのヂュプラが店に姿を現わしているなら余り委しい様子は聞けない。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)