“准后”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
じゅんごう62.5%
じゅごう12.5%
じゆごう12.5%
じゆんごう12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
むずかしい武家側とのはなしあいもまずついた結果なので、准后(じゅんごう)の廉子(やすこ)から女院、女房たちも、すべて一しょに下山することとなった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
村上源氏の久我家から分れた権大納言師重(もろしげ)の子。すでに一度致仕(ちし)しておったが、建武中興の後再び仕えて、従一位に昇り、北畠准后(じゅごう)といわれた。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
法隆寺の雷爺(かみなりおやぢ)北畠治房老人などが寄つて集(たか)つて北畠准后(じゆごう)の墓に相違ないといつて、態々(わざ/\)発掘にかゝつた室生寺(むろふでら)の境内から、碌(ろく)な物といつては何一つ出て来なかつたのは面白い。
始めてこの信濃桜の名を見付けたのは、先年平泉澄氏等の手で校訂活刷した後法興院記近衛准后(じゆんごう)政家といふ人の、寛正永正年間(一四六六—一五〇五)の日記である。
信濃桜の話 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)