仮粧坂けわいざか)” の例文
ここから先にも、清見潟きよみがた、黄瀬川、足柄あしがら、大磯小磯、そして鎌倉口の仮粧坂けわいざかまで、ほとんどみちの花を見かけない宿場はない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浜御所の廻廊すべての燈籠どうろうに灯を入れること。そして、仮粧坂けわいざかや名越の傾城けいせい白拍子しらびょうしなどを、たくさんに呼びあつめろ。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……ご無念はよう拝察いたされますが、なにせい小袋坂、仮粧坂けわいざか、極楽寺坂、三道ともに、撃ち破られましては」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして大将義貞の中軍は、おなじく大将足利若御料の輿こしと共に、ちょうど左右両翼軍の中間の路にあたる仮粧坂けわいざかの方へと、その陣足を雲のようにはやめていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の膝には、ゆうべからの仮粧坂けわいざかの女がしなだれかかっていたし、昼酒の杯盤なども、ちらかっていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、ここ以外は、中軍の義貞が陣した仮粧坂けわいざか方面も、右翼軍が迫った腰越、極楽寺の方にも、まだなんのうごきはなかった。ただ刻々が不気味なほどの夜半であった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紗綾形編さやがたあみの篠垣しのがきに、柳を抱いた女性的な門づくり。どうしてもしかるべき白拍子しらびょうしの家でもあるか、さもなくば仮粧坂けわいざかや小磯大磯あたりには多い茶屋といった屋構やがまえだった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高時好みの細太刀をいて、忍びこうをプンとさせ、良馬は飼わぬが闘犬をつなぎ、田楽修行も忠勤と放言したり、仮粧坂けわいざかや大磯小磯のおんなの品さだめにつうを誇る——といったふうな武士のみが
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
輿こしは町端れから、山蔭の小道へかかり、ほどなく仮粧坂けわいざかの上へ出ていた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)