“きっかわもとはる”の漢字の書き方と例文
語句割合
吉川元春100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
伯耆ほうき備中びっちゅう、その余にわたる敵国のうごきを大観し、吉川元春きっかわもとはるの軍、小早川隆景たかかげの軍、毛利輝元もうりてるもとの軍などが、これへ来援してくる場合の大勢をもあらかじめ察するに便であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、この微々たる家が、やがて信長、秀吉などの戦国時代にいたっては、かの毛利元就もとなり輝元てるもとを生み、またその支流からは、吉川元春きっかわもとはる小早川隆景こばやかわたかかげらの輩出を見るのであった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういう大胆な策を立てたものは、吉川元春きっかわもとはるだった。——が、それも余り奇策に過ぎると、輝元も隆景も、賛成しなかった。そして全大軍をあげて、まず上月城を攻むべしとなった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)