“かくわい”の漢字の書き方と例文
語句割合
郭淮100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そこで孫資の方針が採りあげられ、長安の守備には郭淮かくわい張郃ちょうこうをとどめ、そのほか要路の固めも万全を尽して、帝は洛陽へ還幸した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——魏の大将、郭淮かくわい、孫礼の二軍が、隴西ろうせいの軍馬を領して、北原ほくげんへ進出し、何事かすあらんとするものの如く動いています」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郭淮かくわいの進言に面目をとどめた張郃ちょうこうは、この一戦にすべての汚名を払拭ふっしょくせんものと、意気も新たに、五千余騎を従えて、葭萌関かぼうかんに馬を進めた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以来また彼は上邽じょうけい城のからに閉じ籠る臆病なやどかりになっていた。郭淮かくわいは無念にたえず、日夜智慧をしぼって、次の一策を仲達へすすめた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魏の郭淮かくわい陳泰ちんたいなどが、この防戦に当り、各地で激烈な戦闘を展開したが、結局、魏の諸郡を踏み荒した程度で、蜀は退却のやむなきに至った。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹洪の怒りを聞いて、行軍司馬の官にあった太原陽興たいげんようこうの出身で郭淮かくわいあざな伯済はくせいと称していた者が曹洪を諫めて
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)