裂地きれじ)” の例文
私の鼻は着物から放つ樟脳しょうのうの香を嗅ぎ、私の頬は羽二重の裂地きれじにふうわりと撫でられ、胸と腹とは信一の生暖かい体の重味を感じている。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
表具店の主人は表装の裂地きれじの見本を奥へ探しに行つて手間取つてゐた。都合よく、隣の茶店での話声が私によく聞えて来る。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その裂地きれじもかぎりなく吟味されております。いわんやお料理のように独り歩きの出来ないものにおいてをやであります。
料理する心 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
自分に似合いそうなスタイルをえらんでいたが、一つ気に入ったのがあったので、特に庸三に強請ねだって裂地きれじボタンなどをも買い、裁断に取りかかっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
古いよい裂地きれじでなければといわれて、そんな品は持ち合さないので困りました。それが今度は根附になったので、その本の根附の処をしきりに見るのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
欣々女史も鏡花会にはいって、仲間入りの記念しるしにと、帯地おびじとおなじにらせた裂地きれじでネクタイを造られた贈りものがあったのを、幹事の一人が嬉しがって
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、ひろ子が手にもっていた裂地きれじづくりの紙入れをさした。その意味がすぐのみこめなくて、ひろ子は、見せた切符を挾んでおいた黄色い内側を開けたまま
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
こんな話の末に、私たちはよく連れ立って方々の呉服屋や、デパートメント・ストーアへ裂地きれじを捜しに行ったものでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
六代目菊五郎の幼時にも、横浜からおなじ柄の着物をもらったというので、いつぞや裂地きれじをくらべて見たが、秀造おじさんの手に入れたのの方が上等品であった。
裂地きれじその他の諸材料、末完成の作品等々で一杯になってい、壁に数々の写真がピンで留めてあるなど、芸術家の工房らしく雑然としてはいるけれども
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)