矢野文雄やのふみお)” の例文
この時我輩の帷幕いばくには小野君をはじめとして、ややその先輩たる矢野文雄やのふみお君、その他犬養毅いぬかいつよし君、尾崎行雄おざきゆきお君等がおった。
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
矢野文雄やのふみお小野梓おのあずさと並んで改進党の三領袖りょうしゅうとして声望隆々とした頃の先夫人は才貌さいぼう双絶の艶名えんめいを鳴らしたもんだった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その執筆者は、主として矢野文雄やのふみおであるといわれている。大隈らは、イギリス流の立憲制を日本におこない、人民の声をもって、薩長政府をくつがえそうと企てていたのである。
それから義塾の矢野文雄やのふみお、故藤田茂吉ふじたもきち犬養毅いぬかいつよし箕浦勝人みのうらかつんど加藤政之助かとうまさのすけ森下岩楠もりしたいわくすなどいう連中が我輩の宅に来る様になって、到頭とうとう何時いつの間にか我輩の乾児こぶんになってしまった様な訳だ。