渭南いなん)” の例文
舞陽ぶようの人、陳巌ちんがんという者が東呉とうご寓居ぐうきょしていた。唐の景龍けいりゅうの末年に、かれは孝廉こうれんにあげられて都へゆく途中、渭南いなんの道で一人の女に逢った。
なぜならば、曹軍の敗滅急なりと見て、ここに渭南いなんの県令丁斐ていひという者が、南山なんざんの上から牧場の牛馬を解放して、一散に山から追い出したのである。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
始めは清河せいか崔氏さいしむすめと一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうしてあくる年、進士しんしの試験に及第して、渭南いなんになりました。
黄粱夢 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さいは長安の永楽里えいらくりという処に住んでいた。博陵はくりょうの生れで渭南いなんに別荘を持っていた。貞元年中のこと、清明せいめいの時分、渭南の別荘へ帰って往ったが、ある日、昭応しょうおうという処まで往くと陽が暮れてしまった。
崔書生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
加うるに、彼が、ひとまず自軍を渭南いなんの陣にまとめて後、陣中、しきりに不穏の空気がある。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに祁山きざん渭南いなんの地方にわたって、大いに撫民ぶみんに努め、屯田自給とんでんじきゅうの長計をたてて、兵糧にはさして困らないほどにはなっているものの、かくてまた、年を越え、また年を越えて
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)