“日柳燕石”の読み方と例文
読み方割合
くさなぎえんせき100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
大和五条の森田節斎もりたせっさい讃岐琴平さぬきことひら日柳燕石くさなぎえんせき(これは思想家で博徒の親分だった)、江戸の大橋訥庵おおはしとつあんらいくらでも挙げられる。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
その点、かの日柳燕石くさなぎえんせきが、楠公の詩に「過マツテ武人ニ生レ」と歌っているのは、偶像楠公にいささか人間の待遇を以て涙しているもので、今の私たちに共鳴される。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小泉主膳は、長州の高杉晋作が金刀比羅宮ことひらぐうの近くにある榎井村の日柳燕石くさなぎえんせきの家に滞在していたとき、二、三度面会して以来、勤王の志を懐き、ひそかに同志を糾合していた。
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)