左衛門督さえもんのかみ)” の例文
兵部卿ひょうぶきょうの宮とか左衛門督さえもんのかみとかにもお頼みしよう。私も一冊書く。気どっておられても私といっしょに書くことは晴れがましいだろう」
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さらに勅使左衛門督さえもんのかみ大原重徳しげのりを奉じて東下して来たほどの薩摩人の活躍を想像しながら、その年の六月中旬には諏訪すわにはいった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
左衛門督さえもんのかみ。あなかしこ、このわたりに若紫やさふらふとうかがひ給ふ。源氏に似るべき人見え給はぬに、かのうへは、まいていかでものし給はむと聞ゐたり。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
叡山の大宮おおみや以下、諸堂全てを焼払って、全山、叡山を立ち退こうという強硬論が、勝ちを占め、評議一決した時、法皇の使者に立てられた、当時、左衛門督さえもんのかみの平時忠が、風雲渦巻く叡山に
左大将、左衛門督さえもんのかみ藤参議とうさんぎなどという人たちも皆お供をして出た。皆軽い直衣のうし姿であったのが下襲したがさねを加えて院参をするのであった。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
左衛門督さえもんのかみの字は本格的に書いてあるのであるが、俗気ぞくけが抜け切らずに、技巧が技巧として目についた。歌などもわざとらしいものが選ばれてある。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今夜の来賓としては雲井くもいかり夫人の兄弟である左衛門督さえもんのかみ藤宰相とうさいしょうなどだけが外から来ていた。やっとしてから出ておいでになった宮のお姿は美しくごりっぱであった。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
左衛門督さえもんのかみ権中納言ごんちゅうなごんなどという内大臣の兄弟はほかの母君から生まれた人であったが、故人の太政大臣が宮へ親子の礼を取らせていた関係から、今も敬意を表しに来て
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
楽人は殿上役人からも地下じげからもすぐれた技倆を認められている人たちだけがり整えられたのである。参議が二人、それから左衛門督さえもんのかみ、右衛門督が左右の楽を監督した。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大納言も別の形式で宮仕えに差し上げることを奏上した。左衛門督さえもんのかみは娘でない者を娘として五節に出したということで問題になったが、それも女官に採用されることになった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
按察使あぜち大納言の娘、左衛門督さえもんのかみの娘などが出ることになっていた。それから殿上役人の中から一人出す舞い姫には、今は近江守おうみのかみで左中弁を兼ねている良清朝臣よしきよあそんの娘がなることになっていた。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)