塩飽しあく)” の例文
またべつな辻では、塩飽しあくノ入道聖恩せいおんが、禅僧みたいに、辞世のをのこして割腹し、その子忠頼も、父にならって自害した。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三月二十六日に讃岐の国塩飽しあく地頭じとう駿河権守高階保遠するがごんのかみたかしなやすとお入道西忍が館に着いた。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いんしま塩飽しあくなどの島々に、村上海賊将軍以来の、海の顔役がにらんでいて、“帆銭はんせん”とか“潮道券しおみちけん”とかいう私税を徴発し、ただは通れない所だった。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——はい、讃岐の上人様には、お館の御領地、讃岐国さぬきのくに塩飽しあくの小松の庄とやらいう所に、新たに一寺を建てて生福寺しょうふくじと申しあげ、お変りもなくご教化きょうげの由にござりまする」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)