丁巳ていし)” の例文
御聞き及びも候わん、堀江克之助と申す水戸の豪士あり、羽倉の三至録に久保善助とあるはこの人なり。丁巳ていし墨使ぼくし登営の節、信田、蓮田と共に墨使を討たんことを謀る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
孝孺は其翌年丁巳ていしけいを執って浦陽ほように潜渓にきぬ。従学四年、業おおいに進んで、潜渓門下の知名の英俊、皆其のしもに出で、先輩胡翰こかん蘇伯衡そはくこうまたみずかかずとうに至れり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然るに安永六年丁酉ていゆうに四十、寛政四年壬子じんしに五十五、同九年丁巳ていしに六十四、歿年に八十三と書してある。これは生年から順算すれば、四十三、五十八、六十三、八十二でなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
安政四年丁巳ていし 五月、条約規定書調印。六月、閣老阿部正弘死す。十月、ハリス江戸に入る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)