“なんぐうたいしう”の漢字の書き方と例文
語句割合
南宮大湫100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
岡本忠次郎、名は成、あざなは子省である。本近江から出た家で、父政苗まさたねが幕府の勘定方を勤むるに至つた後の子である。忠次郎は南宮大湫なんぐうたいしうに学んだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
豊洲は南宮大湫なんぐうたいしうの門人である。二十一歳にして師大湫の喪に遭つて、此より細井平洲に従つて学び、終に平洲の女婿となつた。要するに所謂叢桂社の末流ばつりうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
尾張家の附庸ふよう山村氏に仕へた。山村氏は福島を領して所謂いはゆる木曾の番所の関守であつた。駒石は明和の初に、伊勢国桑名で南宮大湫なんぐうたいしうに従学した。即ち蘭軒の師泉豊洲のあにでしである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)