“あしかがよしあき”の漢字の書き方と例文
語句割合
足利義昭100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
備後びんごともにありと知った足利義昭あしかがよしあきへも使いを派し——この古物の野心家をうごかして——いざの場合、毛利をしてふたたび秀吉の背後をおびやかさしめんなど、几案きあん作戦は
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本も中古時代には、織田氏のように、足利義昭あしかがよしあき公をおしのけ、わがまま勝手なふるまいをしたけれども、その威勢が強かったために、逆賊の名を残さなかった。そうして諸大名は、信長に服従した。
足利義昭あしかがよしあきを追放した後、信忠の父信長が、旧館を破毀はきして、新たに造営を加え、入洛じゅらくの折は、ここを宿所としていたこともあるが、いまは恐れ多い御方の御所となっていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「信長たりと、足利義昭あしかがよしあきを追っている。また叡山えいざんの焼打、幾多の悪業あくごうは人も知るところだ。見よ彼の宿老、林佐渡、佐久間右衛門父子おやこ、荒木村重。ひとの末路とのみは思えぬ」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)