拘泥 こだわ)” の例文
「しかし、謝ってもらって、来たところが、あの人もいい気持はしないだろうし、貴女だって、きっと何となくそれに拘泥こだわるだろうし……」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何の拘泥こだわりもない夫妻の掛合い話は、その夫の立志美談を語るように聞こえて傍にいる者達の間の好評をさえ受けるのに充分でございました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
君がこれくらゐのことに拘泥こだわつて大袈裟に騒ぎだした理由といふものが、却つて僕には呑みこめないやうなものだよ
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかし先生の方では、それに気が付いていたのか、いないのか、まるで私の態度に拘泥こだわる様子を見せなかった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その翹望は、悲しい暗い過去にばかりとかく拘泥こだわり勝ちであった岸本の心を駆って、おのずと先の方に向わせるように成った。もし懺悔を書く日が来たら。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
成程あれに拘泥こだわっていたのかと僕は気がついた。処が一週間ほど経った夜、僕は本当に追剥がれたのである。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「僕はあすこにいて悪いかしら」道太は離れの二階を見上げながら言ったが、格式ばかりに拘泥こだわっているこの廓も、年々寂れていて、この家なぞはことにもぱっとしない方らしかった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
だから、あるいは平気で読み流してしまったかも知れないその言葉にひどく拘泥こだわってしまい、そのため、姪の縁談の邪魔という肝腎の事柄に気をとめなかった。賀来子の方がこの事を気にした。
俗臭 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「いいえ。私も、そんなことに拘泥こだわるのでなかったんですの。私さえ黙っていれば、何でもなかったのに、ついあんなことになって、ほんとうに、お気の毒なことになって……」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼女は前後の関係から、思量分別の許す限り、全身を挙げてそこへ拘泥こだわらなければならなかった。それが彼女の自然であった。しかし不幸な事に、自然全体は彼女よりも大きかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども彼の見た細君の態度には、笑談じょうだんとも真面目まじめとも片のつかない或物がひらめく事がたびたびあった。そんな場合に出会うと、根強い性質たちに出来上っている彼は、談話の途中でよく拘泥こだわった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
都合のいも悪いもなしにただぶらぶら古い家の中に寝起ねおきしている私に、こんな問いを掛けるのは、父の方が折れて出たのと同じ事であった。私はこの穏やかな父の前に拘泥こだわらない頭を下げた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)