鼯鼠むささび)” の例文
一匹の鼯鼠むささびが走って来た。栗色のいたちが飛び出した。二匹ははげしく格闘した。鼬はくびを噛み切られた。赤黒い血が流れ出た。それが春陽に蒼光った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一首の意は、鼯鼠むささびが、林間のこずえを飛渡っているうちに、猟師に見つかってられてしまった、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
つい此頃も、朱雀大路しゅじゃくおおじの植え木の梢を、夜になると、鼯鼠むささびが飛び歩くと言うので、一騒ぎした位である。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あるいは鼯鼠むささびの一類にバンドリというものがあって、蓑を着た形がこれと似ているからとも見られるが、その獣は何故なにゆえにそういうかは、やはりまた不明であった。
三河勢みかわぜいの手に余った甘利をたやすく討ち果たして、もとどりをしるしに切り取った甚五郎は、鼯鼠むささびのように身軽に、小山城をけて出て、従兄源太夫が浜松のやしきに帰った。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ジャワかボルネオかセレベスで、樹の間に棲む一種の蛇の躯が妙に風を含むようになりおり、枝より滑り落ちる際鼯鼠むささびや飛竜同然、斜めに寛々と地上へ下りくを見て
鼯鼠むささびくすの穴から出てくると、ひとり枝々の間を飛び渡った。月の映るたびごとに、鼯鼠の眼は青く光って輝いた。そうして訶和郎の二つの眼と剣の刃は、山韮と刈萱の中で輝いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ここに、その物音とは別に、天狗の評定岩から傾斜している、栗の密林を、雷鳥か、鼯鼠むささびかと怪しまれるような迅さで、悪魔の群へ向って、ザザザザザザッと駈け降りてきた人影。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とお丹の下知げじに、おおかみころもまとい、きつねくらい、たぬきは飲み、ふくろう謡えば、烏は躍り、百足むかでくちなわ、畳を這い、いたち鼯鼠むささび廊下を走り、縦横交馳こうち、乱暴狼藉ろうぜき、あわれ六六館の楼上は魑魅魍魎ちみもうりょう横奪おうだつされて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼯鼠むささびぬれもとむとあしひきのやま猟夫さつをにあひにけるかも 〔巻三・二六七〕 志貴皇子
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「いやむじなだ」「いや河獺かわうそよ」「いやいや鼯鼠むささびに相違ない」——噂は噂を産むのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
急いで小舎こやに帰る途上、怪しき大きな風呂敷様の物、眼前に舞い下るにあきれ立ち居ると、変な音を立て樹を廻り行くを見ると、尋常の鼯鼠むささびで、初め飛び落ち来った時に比して甚だ小さい。
天平十一年大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめの歌に、「ますらをの高円たかまと山にめたれば里にりける鼯鼠むささびぞこれ」(巻六・一〇二八)というのがあり、これは実際この小獣を捕えた時の歌で寓意でなく
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
高い処からうまく斜めに飛び下りる事鼯鼠むささびに同じきを言ったらしい。