鹿しか)” の例文
部屋の一端には巨大な一対の鹿しかの角が壁にはめこんであり、その枝は懸釘かけくぎの役をして、帽子や、鞭や、拍車をつるすようになっていた。
「こいづば鹿しかでやべか。それ、鹿しか」と嘉十かじふはひとりごとのやうにつて、それをうめばちさうのしろはなしたきました。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それは、芝山内しばさんないの、紅葉館こうようかんに、漆黒の髪をもって、ばちの音に非凡なえを見せていた、三味線のうまい京都生れのお鹿しかさんだった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
第二十四圖だいにじゆうしずかべかゝつてゐるうしうま鹿しかなどのはかれ洞穴ほらあななか石壁いしかべりつけたり、またいたりしたうつしであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
わけて弟のほうは、その太股ふともも飛天夜叉ひてんやしゃ刺青いれずみを持ち、嶺を駆ければ、鹿しかおおかみは影をひそめ、鳥も恐れ落ちなんばかりな風があった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もりの中で大将たいしょうぶんのくまがへいこうして金太郎きんたろう家来けらいになったのをて、そのあとからうさぎだの、さるだの、鹿しかだのがぞろぞろついて
金太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
天神の山には祭ありて獅子踊ししおどりあり。ここにのみは軽くちりたちあかき物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。獅子踊というは鹿しかまいなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鹿しかがひどくくのを聞いていて、「われ劣らめや」(秋なれば山とよむまで啼く鹿にわれ劣らめやひとる夜は)と吐息といきをついたあとで
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
昔は鹿しかさるがずいぶん多くて狩猟の獲物を豊富に供給したらしいことは、たとえば古事記の雄略ゆうりゃく天皇のみ代からも伝わっている。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
むまつのなく鹿しかたてがみなくいぬにやんいてじやれずねこはワンとえてまもらず、しかれどもおのづかむまなり鹿しかなりいぬなりねこなるをさまたけず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
その夜、故郷の江戸お箪笥町たんすまち引出し横町、取手屋とってや鐶兵衛かんべえとて、工面のいい馴染なじみって、ふもとの山寺にもうでて鹿しかの鳴き声を聞いたところ……
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みごとな金色の鹿しかの毛皮でした。そしてその毛をなでてみてるうちに、ふと、魔法とかいうのを、ためしてみたくなりました。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
けれど、ぼうやの鹿しかは、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
里の春、山の春 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
こいつ、頭に鹿しかの角のやうなかぶとかぶつてるし、六本の足には釣針つりばりみたいな鈎爪かぎつめをもつてる。力が強いんだぞ。——うん、いゝこと思ひついた。
かぶと虫 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
しかし、果たして自分おのれ一人が涼しい顔をして、悟りすましておられましょうか。「鹿しかの鳴くこえを聞けば昔が恋しゅうて」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
わに駝鳥だちょう山羊やぎ鹿しか斑馬しまうま、象、獅子しし、その他どれ程の種類のあるかも知れないような毒蛇や毒虫の実際に棲息せいそくする地方のことを話し聞かせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてそれは次項述ぶるところの伊予宇和島地方の鹿しか踊りによって、さらに裏書きさるべきものであらねばならぬ。
まはり夫より所々を見物けんぶつしける内一ぴき鹿しか追駈おつかけしが鹿のにぐるに寶澤は何地迄いづくまでもと思あとをしたひしもつひに鹿は見失ひ四方あたり見廻みめぐらせば遠近をちこちの山のさくら今を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
果たして一頭の鹿しかが松の枝の、僕の手が届きかねるところに釣り下げてあった、そしてそこにはだれもいなかった。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鹿しかはみなさんもよくてごぞんじでせう。鹿しか本州ほんしゆう四國しこく九州きゆうしゆう朝鮮等ちようせんなどひろ分布ぶんぷしてゐます。牡鹿をじか牝鹿めじかよりすこおほきく、頭部とうぶつのつてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
それでも時たまその松が、鹿しかでも水を飲みに来るせいか、まばらいている所には不気味なほど赤い大茸おおたけが、薄暗い中に簇々そうそうむらがっている朽木も見えた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なかでも、長身なあなたが、若い鹿しかのように、しなやかな、ひきしまった肉体を、リズミカルにゆさぶっているのが、次の一廻り中、眼にちらついています。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
鳥類ならば一發の石鏃の爲にたほるることも有るべけれど、鹿しかししの如き獸類じうるゐは中々彼樣の法にて死すべきにあらず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
三四郎が「ぐあいでもよくないのか」と尋ねると、与次郎は鹿しかのような目を二度ほどぱちつかせて、こう答えた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
北は荒川から南は玉川まで、うそもない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方したかた,尾花の招引まねぎにつれられて寄り来る客はきつねか、鹿しかか、またはうさぎか、野馬ばかり。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿しかうさぎを沢山にお放しになって遊猟場ゆうりょうばに変えておしまいなさり、また最寄もより小高見こだかみへ別荘をお建てになって
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
鹿野武左衛門しかのぶざえもんの『鹿しか巻筆まきふで』(巻三、第三話)に、堺町さかいちょうの芝居で馬の脚になった男が贔屓ひいきの歓呼に答えて「いゝん/\といいながらぶたいうちをはねまわつた」
駒のいななき (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
前の時蜜柑みかんころこばしたりしたのん思い出して、ちょうど夏蜜柑売ってるのん買うて、二人でころころ転こばしましたら、下にいる鹿しかがビックリして逃げますねん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それよりのち鹿野武左衛門しかのぶざゑもんといふ者が、鹿しか巻筆まきふでといふものをこしらへ、また露野五郎兵衛つゆのごろべゑといふものがて、露物語つゆものがたりでござりますの、あるひつゆ草紙さうしといふものが出来できました。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「どこにもそんなものはいやしないと言うのに! お鹿しか、来てごらん! どこにそんなものがいる」
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのやり方は、狩り立てられた鹿しかがよくやることである。足跡が残るような場所では、種々の利益があるがなかんずく、逆行路によって狩人かりゅうどや犬を欺くの利益がある。
「おれのつのはなんてうつくしいんだらう。だが、このあしほそいことはどうだろう、もすこしふとかつたらなア」と独語ひとりごといつた。そこへ猟人かりうどた。おどろいて鹿しかげだした。
裏付股引うらつきももひきに足を包みて頭巾ずきん深々とかつぎ、しかも下には帽子かぶり、二重とんびの扣釼ぼたん惣掛そうがけになし其上そのうえ首筋胴の周囲まわり手拭てぬぐいにてゆるがぬよう縛り、鹿しかの皮のはかま脚半きゃはん油断なく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
熱狂さしていた。聖フーベルトの鹿しかのように、彼らはもはや円光をいただいてしか現われなかった
余もまた久しく浅草代地あさくさだいちなる竹翁の家また神田美土代町かんだみとしろちょうなる福城可童ふくしろかどうのもとに通ひたる事あり度々『鹿しか遠音とおね』『月の曲』なぞ吹合せしよりいつとなく懇意になりしなり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
されどもすこぶる種々の有益なる材料ざいれうを得来りしは余の大に満足まんぞくとする所なり、動物にては鹿しかくまおほくして山中に跋扈ばつこし、猿、兎亦多し、蜘蛛類、蝨類のめづらしき種類あり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
山には稲荷神社の小さなほこらがあるので、そんな噂がでたものらしい。これまで幾たびか藩主の狩りがおこなわれたが、いのしし鹿しかのほか、狐などは一ぴきれたことはなかった。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ゆふされば小倉をぐらやま鹿しか今夜こよひかず寝宿いねにけらしも 〔巻八・一五一一〕 舒明天皇
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その一族の竹原入道宗規むねのり! これは兵衛よりも一段すぐれた、この地方での大豪族、もしこの者を味方として、引き入れることが出来たならば、鹿しかヶ瀬、湯浅、阿瀬川、小原
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
火鉢ひばちの傍へチョイと立てひざをしてすわる。年ごろは三十ばかり色浅黒くして鼻高く。黒ちりの羽織も少し右の袖口そでくちのきれかかりたるに。鹿しかがすりの着物えり善好みの京がのこも。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
鹿しかの肉、牛なべ、牛乳屋、コーヒー屋、東京にあって仙台に無いものは市街鉄道くらいのもので、大きい勧工場かんこうばもあれば、パン屋あり、洋菓子屋あり、洋品店、楽器店、書籍雑誌店
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わしも、雷鳥も、角をやした鹿しかも、鵞鳥がちょうも、蜘蛛くもも、水にむ無言のさかなも、海に棲むヒトデも、人の眼に見えなかった微生物も、——つまりは一切の生き物、生きとし生けるものは
(熊の事は上巻にいへり)野猪ゐのしゝたけきゆゑ雪ふかくともやすからず、鹿しか羚羊くらしゝなどはよわきものゆゑ雪にはやすし。鹿はことさら高脛たかはぎなるゆゑ雪にはしる事人よりおそきにたり。
人間が鹿しかや鳥の水浴を見て恋を感じたという事は珍らしいが、それと同時に人間の五体が如何に美しいとはいえ、牛や馬が見ても世の中で一番美しいものは人体だとはいえないであろう。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
傷ついたまま追われている鹿しかのように、お駒ちゃんは、よろよろとして、しかし、それにしては驚くべき速さで、もう黒い影が、倒れるようにむこうの角をまがって見えなくなってしまった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
天のカグ山のハハカの木を取つてその鹿しかの肩骨をいてうらなわしめました。
爪黒つまぐろ鹿しかの血と、疑着ぎちゃくの相ある女の生血とを塗った横笛が、入鹿いるかほろぼす手段の一つであるように、瑠璃子夫人の急所を突くものは、青木淳の残した此のノートの外にはないと、信一郎は思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
象。ひょう。野牛。自然豚ワイルド・ボア鹿しか。土人娘。これらへの鉄砲による突撃。アヌラダプラとポロナルワの旧都における考古学の研究。幾世紀にわたるせいろん人セイロニイズ独特の灌漑かんがい術。旅行記念物ヌメントウの収集。宝石掘り。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
大将軍のおいにあたる嫖騎ひょうき将軍霍去病かくきょへいがそれを憤って、甘泉宮かんせんきゅうの猟のときに李敢を射殺した。武帝はそれを知りながら、嫖騎将軍をかばわんがために、李敢は鹿しかの角に触れて死んだと発表させたのだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
伽藍すぎ宮をとほりて鹿しか吹きぬ伶人れいじんめきし奈良の秋かぜ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)