もず)” の例文
菊花は早くもその盛りを山茶花さざんかに譲り、鋭いもずの鳴声は調子のはずれた鵯に代る十一月の半過から十二月の初が即ち落葉の時節である。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つぐみやもずが、なんのこともないように啼いていたが、パッと空へ立った。——民八は、気狂きちがいのように草の中へ駈け込んだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は秋になると、鋭いくちばしをもったもずがやって来て、自分たちを生捕りにして、樹の枝にはりつけにするのを何よりも恐れていました。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
川のむこうにはきびの畑が広くつづいて、その畑と岸とのあいだの広い往来を大津牛が柴車をひいてのろのろと通った。時どきにもずも啼いて通った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさなもず来てををりける。草餅の蓬よろしと、黄粉きなこつけ、食みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
もずの声などを耳にして、あの時のことを思い出すと、私にはありありと万豊の叫びや議員のことが連想された。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
庭先には山茶花さざんかなどが咲いて、晴れた秋の空にもずき声が聞えた。深山はそこで人間離れしたような生活を続けていたが、心は始終世間の方へ向いていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その肉声のなかにはもずのような啼き工合や、いきなり頬を舐め廻されるような甘い気持や、また、いきなり痒いところをなお痒くえぐるような毒々しさをもっていた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「五月ばかりにもずまろ、もろ/\の小鳥もしくは蛙などを捕りて、木の枝などに貫ぬき置くことあり。これもず速贄はやにえとは云ふなり。時鳥に借りしをわきまふると也」
かわいそうにお父さん蛙はもずに捕えられてかやの刈り株に突き刺されて日干になって死んでいました。
鵙征伐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
つたふ、むかし越山ゑつざん蜥蜴とかげみづつてへうく。ときふゆはじめにして、ゑんじゆもずほしさけんであられぶ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
眞面目まじめらしくりつぐをけば、時鳥ほとヽぎすもず前世ぜんせ同卿人どうきやうじんにて、くつさしと鹽賣しほうりなりし、其時そのときくつひてだいをやらざりしかば、れが借金しやくきんになりてもずあたまがらず
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
野は秋も暮れて木枯こがらしの風が立った。裏の森の銀杏樹いちょう黄葉もみじして夕の空を美しくいろどった。垣根道にはそりかえった落葉ががさがさところがって行く。もず鳴音なきごえがけたたましく聞える。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ちひさな身體からだでありながらすこするどくちばしつたばかりに、果敢はかないすゞめ頬白ほゝじろまへにのみ威力ゐりよくたくましくするもずちひさな勝利者しようりしやこゑはなつてきい/\ときはどく何處どこかの天邊てつぺんいてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
石斛せっこくの花が咲いている。えんじゅの花が咲いている。そうして厚朴ほおの花が咲いている。鹿が断崖の頂きを駆け、たかが松林で啼いている。もずが木の枝で叫んでいるかと思うと、つぐみが藪でさえずっている。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もずがひきさかれるような声をして鳴いている
窓にて (新字新仮名) / 山村暮鳥(著)
もず啼や竿にかけたるあらひ物 浦舟
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
もずのしまらくゐてもだしたり
寒林小唱 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
水仙やもずの草茎花咲きぬ
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
その日も、何の行動も起さず、ここの林に駐屯していたので、焚火の煙の立ちのぼる空に、もずひよの啼くのも静かであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさなもず来てををりける。草餅の蓬よろしと、黄粉きなこつけ、食みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
草原にはたけの高いすすきがおい茂って、その白い穂が青空の下に遠くなびいていた。どこかでもずの啼く声もきこえた。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
秋になりますると、これで町へ遠うございますかわりには、くりかきに事を欠きませぬ。からすを追って柿を取り、高音たかねを張りますもずを驚かして、栗を落してなりと差上げましょうに。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのもずさながらの声は月夜の建物と、その周囲をめぐる果樹園に響き渡って消え失せた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
秋はその尖鋭な緊張し切つた気力を、鶲の先駆者であるもずの、あの小英雄的な負けじ魂のなかに植ゑつけてゐる。私が今年の秋初めて鵙の鳴声を聴いたのは、九月の十三日だつた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
もずの声が鋭くけたたましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空ででもあるかのようにちかぢかと澄んで耳を突く。きょうは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
何やら知らぬ小禽ことりさえずりは秋晴のあしたに聞くもずよりも一層勢が好い。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
〽筑波晴れ、浅間曇りてもず啼かば、雨は降るとも、旅よそいせよ
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
帷子かたびらは日々にすさまじもずの声 史邦ふみくに
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
水仙やもず草茎くさぐき花咲きぬ
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
野分のわきの後の水たまりは、まだ所々小さい湖水を作っているが、おとといのれは嘘のように、もずは低く飛び、空のあおさは、高く澄みきっている。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祥慶は数珠じゅずを爪繰りながら暫く瞑目した。うしろの山ではもずの声が高くきこえた。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
是非眼を療治しなければならぬと言つて、もずのやうにきいきい騒いでゐる。
「……春先にもずかん筈じゃが……」
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と書いた四字二行の遺墨があるが、その語そのままな鋭い澄明な眼が、あのもずの画にもある気がある。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝夕は城中の冬木立へ群れるもずだの雀だのという小禽ことりが、何よりもよい食物と兵に狙われて捕られたため、近頃は鳥も知ってきたか、少しも城内の木には集まって来ない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神奈川宿かながわじゅく立場たてばを出て、少しあるくと、左はもずく並木のままつづいて、右は松の途切れた所から、きれいな砂浜の眺めがひらけ、のたりのたりと波うつ浦が江戸まで六里。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もずの啼きぬいている秋の日だった。病軍師竹中半兵衛は、死んでも離れないといっていた平井山の陣地をうしろに、ついに京都へ還って行った。秀吉と官兵衛らに見送られて——。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先頃まで博物館の特別陳列室に出陳されていた重要文化財「枯木鳴鵙図こぼくめいげきず」の一梢頭いちしょうとうに描かれているもずの姿から、観者が直視してうけるものは、画の巧拙や水墨の溌色ではない。禅機である。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屋敷裏の丘は、六浦むつら越えの山波へつづいている。兄弟は秋草の中に岩を見つけて腰かけた。野ぶどうの実が、足もとに見え、ひよが高啼く、もずの音が澄む。——ふたりの胸に幼時の秋が思い出された。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼がしぶい、冬日の障子越しに、もずの声はもうひる近く思われる。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
民家のまがきには、菊がにおい、銀杏いちょうこずえには、もず高啼たかないていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋となると、うるさいほどなもずこえであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もずが高啼いている。山村の春はまだ浅い。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)