やもめ)” の例文
そういう袖子そでことうさんはやもめで、中年ちゅうねんいにわかれたひとにあるように、おとこ一つでどうにかこうにか袖子そでこたちをおおきくしてきた。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しがないやもめの船頭には、一国の宰相の死よりは、夕方の酒の桝目ますめと、あしたの米の値のほうが、遥かに実際には強くひびく。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めとらず丁稚時代より八十三歳の老後まで春琴以外に一人の異性をも知らずに終り他の婦人に比べてどうのこうのと云う資格はないけれども晩年やもめ暮らしを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その奥方が病身なために能登守は、女房がありながらやもめのような暮らしに甘んじていることは、家名を大事がる近臣の者を心配がらせずにはおきません。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「こんなにまでしていただきながら、十一娘を得ることができなかったなら、私は一生やもめで終ります。」
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
彼はやもめで暮していた。姉のお千代に塾をひかしてから主婦の役をさせ、妹のお絹は寵愛物ちょうあいぶつにしていた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「訪ねて見ると、五十がらみの野暮な親爺で、伜を奉公に出して居るとかで、弟子が三人とやもめ暮し」
曇ってはいるが降りそうでない空、不機嫌なやもめぐらしの男が物思いに沈んでいるような陰欝な空が低く垂れている……わたしは煙草に火をつけてあたりを眺めまわした。
お繁 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それはトリーフォノフという町の商人で、金縁眼鏡をかけた、ひげむじゃの、年をとったやもめなのだ。
妻は昔にこの世を去り、爾来じらいしょうさえ蓄えずやもめ暮らしの気楽さは邸内に女の数も少ない。足手纏いのないということは、今度のような事件の場合に彼の行動を自由にさせた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
嘉助は元来が沖仲仕で頑丈な身体をして居るのであるが、寄る年波に五十の坂を越して、肺炎をやられて倒れると、やもめの彼には誰れも顧みてくれるものとても無かつたのである。
村長はやもめだが、家には亡妻の妹が同居してゐて、朝夕の煮焚きをしたり、腰掛を洗つたり、家を白く塗つたり、彼の肌着にする糸を紡いだりして、家事のすべてを取りしまつてゐる。
贅沢ぜいたくはして見せる、其れに貴郎、やもめと云ふ所を見込んでネ、丁度俳優やくしやとドウとかで、離縁されてた大洞の妹を山木さんにくつ付けたんですよ、ほんたうにまア、ヒドいぢやありませんか、其れが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
三枝は下情に通じているのが自慢の男で、これから吉原の面白い処を見せてくれようと云い出す。これは僕がやもめだというので、余りお察しの好過ぎたのかも知れない。古賀が笑って行こうと云う。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
養ふ事をつとの世に在し時よりもあつかりしかば姑女の思ひけるはよめいまだ年若くしてやもめとなり一人の子供もなきに久敷ひさしく我に事へて孝行成は嬉けれどもかくて年寄ば頼む方もなくならんこそ最惜いとをしけれ孝行なる嫁の志操こゝろざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四十になるのにやもめであるくらいだから凡庸で少し足りないほどの男だった。屋敷の焼け残りの部分を母家に直し、整理して残った田畑に小作を入れゝば留守の暮しは立った。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
秦のおばさんが没くなった後で、姑丈おじさんがやもめでいると、狐がついて、せて死んだが、その狐が女の子を生んで、嬰寧という名をつけ、むつきに包んでとこの上に寝かしてあるのを
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そのひとはすっかりこのかたのことを忘れて、結婚してしまいましたの、今ではやもめになって、今度、こちらへ来るという手紙をよこしたのですって、——ところがね、どうでしょう
しかしながら、他人ひとごとにおせつかひ好きな人はたちどころに、ソローハが誰よりも哥薩克のチューブに対して一段とちやほやしてゐることに気がつくだらう。チューブはやもめだつた。
「この人はこれでやもめ暮しが好きなんだというから変ってるだろう」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)