さめ)” の例文
足袋たび穿かぬあしかふさめかはのやうにばり/\とひゞだらけにつてる。かれはまだらぬ茶釜ちやがまんでしきりにめし掻込かつこんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
寒そうだが、いきあわせに、羽織なしだった。少し、横っちょへ結んだ博多帯の腰から、さめの脇差が、こじりを落し、珊瑚さんごたまに、一つ印籠。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ホラ鯨がいわしをおつかけるといふこともおききなすつたでせう。それからさめなどの様な大きい魚になり升と、随分人間をみ兼ねないのですよ。
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
その右には赤城の黒檜くろび山が鈍いが著しく目に立つ金字形に聳え、右に曳いた斜線の上に鈴ヶ岳がぽつんとさめの歯をたてる。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
脊丈せいず四尺ぐらいで、腰に兎の皮をまとっている他は、全身赤裸々あかはだかである。さめのように硬い皮膚の色は一体に赭土色あかつちいろで、薄い毛に覆われていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
燕の巣、さめひれした卵、いぶした鯉、豚の丸煮、海参なまこあつもの、——料理はいくら数へても、到底数へ尽されなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
前刻さっき友だちと浜へ出て見た、そういえば、沖合一里ばかりの処に、黒い波に泡沫あぶくを立てて、さめが腹を赤く出していた、小さな汽船がそれなんです。)
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それがわからないのだ。角があると言いましたね、鯨ではない。しゃちさめでもあるまい。まぐろでもなかろう——はて」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
九寸五分の柄は、さめの皮に金の留釘とめくぎを打った、由緒ゆいしょある古物であった。鮫皮の膚ざわりが、冷たくこころよかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は綱が解けるか、或はこれを発見することが出来ないと困るなと多少心配した。我々はさめ——大きな魚は、鮫だった——を追って元気よく動き出した。
金六は縁側の隅から、手拭に包んだ一口ひとふりの短刀を持つて來て見せました。拵へも金具もよく、柄のさめに血がこびり附いて居るのは、何んとなく不氣味です。
太平洋のさめと異名を取った樫原かしはら太市船長の顔が、急にぴんと引緊ひきしまった。——伊藤青年は報告紙を見ながら
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鯨の新婚旅行に跟随ついて行く馬鹿者が私一人じゃないのです。ちょうど大きなさめのような恰好で、鯨の若夫婦のアトになりサキになり、どうしても離れません。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
店と言っても家構えがあるわけでなくまぐろさめを売る問屋の端の板羽目の前を借りてひさしを差出し、の下にほんの取引きに必要なだけの見本を並べるのであった。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まだ完結はしていないが、これは確かである。島のことわざにいう。「さめかつおか、は、尾を見ただけで判る」と。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さあ第一流の紳士だもの、豚がすっかり幸福を感じ、あの頭のかげの方のさめによく似た大きな口を、にやにや曲げてよろこんだのも、けして無理とは云われない。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
空には信天翁あほうどり、海にはさめの大群が、溺れた戦死者の肉をねらって、あとからあとからとあつまってくる。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
桟橋さんばしすなわち魚市場の荷上所で、魚形水雷みたいなかつおだとか、はらわたの飛び出した、腐りかかったさめだとかが、ゴロゴロところがり、磯のと腐肉のにおいがムッと鼻をついた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「今は冬だぜ。海豚がかるものか。さめだつたかも知れない。それとも浮標か。分かりやあしない。」
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
さめやのおじさん。」と踊子たちは呼んでいるが、丼飯をつくる仕出屋しだしやで鮫屋などという家は、六区ろっくの興行町にも、公園外の入谷町いりやまち千束町せんぞくまち裏路地うらろじにもないそうだ。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ふか、つまりさめの四五百貫もある奴が時々やつて来ては漁師を驚かす。鱶は悪食あくじきで何でも食ふ。殊に人間の肉は好きのやうである。大鱶を見たらこれにからかつちや損だ。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
さめの港に軍艦が入ってきて、混雑しているので泊まるのがいやになったという、ほとんど偶然に近い事情から、何ということなしに陸中八木の終点駅まできてしまった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「本当ですとも。もっと面白いことがありますよ。地引網じびきにね、時々大きなふかさめがかかってくることがあるんです。するとその腹の中から、人間の頭がよく出てくるんですって。」
月明 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
椴松とどまつの伐りっぱなしの丸太の棒が、一本ずつ、続々つぎつぎに、後から後から、ふかのごとく、くじらのごとく、さめのごとく、生き、動き、揺れ、時には相触れ、横転しつつ、二条のレールの間を
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その万斤の重さのいかりさめの顎中の漁夫の釣り針のごとくに怒濤の口のうちにねじ曲げられ、その巨大な大砲の発する咆哮ほうこうも颶風のため哀れにいたずらに空虚と暗夜とのうちに運び去られ
さめや悪魚の住んでいる海へ。それでも私は喰われもせずしばらくの間泳いでいた。その時短艇ボートがどこからともなく私の側へ漂って来た。疲労つかれた手足を働かせて私はボートへ這い上がった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……夕風に吹かれながら、こんなところであなたと魚づくしをやる気はねえのだから、さめなと海坊主うみぼうずなとお好きなものをお釣りなせえ。両国の請地うけちへ見世物に出すなら後見こうけんぐらいはいたします
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
はじめ、の代りに、靴底の革を切って釣針につけて、海に投げてやると、またたくまに、一尾の大きな魚が釣れた。その魚の肉を餌にして、さらにカメアジや、さめや、阿呆鳥あほうどりを釣り上げた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
それは、長さ四五メートルもあるようなさめだの、海蛇だのでありました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私共の二番目のせがれが、あれで子供仲間じゃナカナカ相撲すもうが取れるんですトサ。此頃こないだもネ、弓のつる褒美ほうびに貰って来ましたがネ、相撲の方の名が可笑おかしいんですよ。何だッて聞きましたらネ——沖のさめ
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
するとさめが「おい、みんな氣狂きちがひをてみろ」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
さめ 七三・五九 二四・八二 〇・五〇 一・〇九
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
所持せし故にや加田かだうらにて切害せつがいされ死骸しがいは海中へいれ申候しか相見え申さず此浦このうらには鰐鮫わにざめすみ候故大方はさめ餌食ゑじきと相成候事と存られ候衣類いるゐならびかさは血に染り濱邊に打上うちあげ是有候故濱奉行へ御屆に相成候かつ村中不便ふびんに存じ師匠ししやう感應院のはかそば塚標はかじるし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
縛られてはいたが、流れにまかせながら縄目をみ切り、やがて南の岸へ、さめのごとく、波を切って、泳ぎついていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土をかき退けるように、掘り出してみると、見事な短刀が一口ひとふりつかさめがすっかり血に汚れて、刃もひどい血曇りですが、どうしたことかさやが見当りません。
私は話の中のこのうおを写出すのに、出来ることなら小さな鯨と言いたかった。大鮪おおまぐろか、さめふかでないと、ちょっとその巨大おおきさとすさまじさが、真に迫らない気がする。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前章市内の閑地あきちを記したるじょうに述べたさめはしの如き、即ちその前後には寺町てらまち須賀町すがちょうの坂が向合いになっている。また小石川茗荷谷みょうがだににも両方の高地こうちが坂になっている。
たゞあの女のはさみがね。あのさめの腹いろに光る鋏がね。あなたもお隣りなら随分気をおつけなさい。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
敵の砲台がはげしく射ち出す時分には、さめの大群をびっくりさせながら、わが二隻の潜水艦は、海の底へぴったりくっつき、機関エンジンをとめて、音も姿もかくしていたのである。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
僕は腹鳴りを聞いてゐると、僕自身いつかさめの卵をみ落してゐるやうに感じるのです。
囈語 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かれらは常にふかさめのような獰猛の性質を発揮して、かの象牙のような鋭いくちばしでたらさばのたぐいを唯ひと突きに突き殺すばかりでなく、ある時は大きい鯨さえも襲うことがある。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「オヤ、変だね。気味が悪いや。さめかなんかが引っぱってるんじゃないのかな」
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふかだのさめだのは素より、身体からだ中に刃物を並べたしゃちだの、とげうろこを持った海蛇だのがたかって来て、烈しい渦を巻き立てて飛びかかりましたから、香潮は一生懸命になって、拳固でなぐり飛ばし
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
私達の側には鳥取から一緒に乘つて來た鳥取新報の記者もゐて、鰐とは青いさめのことであり、それが古代の海賊のことであり、白兎しろうさぎとは善良な民族のことであるといふ一説なぞを話し聞かせてくれた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私はこの驚くべき顕示を、更によく見る可く、船首から身体を乗り出した。幽霊の如くさめが船の下を過ぎた。すぺくとるに照された進路を持つ骸骨魚で、いずれの旋転も躱身かわしみも、朧に輪郭づけられる。
しかし、すでにそれを、家康が見破ってしまったからには、さめをうたんがため鮫の腹中にはいって、出られなくなったと、おなじ結果におちたものだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土をかき退けるやうに、掘り出して見ると、見事な短刀が一口ひとふり、柄のさめがすつかり血に汚れて、刄もひどい血曇りですが、何うしたことかさやが見當りません。
「はいさようなら。」と巡査に別れて、お丹は一同とともに直ぐ目の下なるさめヶ橋のねぐらに帰れり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四谷よつやさめはし赤坂離宮あかさかりきゅうとの間に甲武鉄道こうぶてつどうの線路をさかいにして荒草こうそう萋々せいせいたる火避地ひよけちがある。
が、これをしも「竊盗せつたうノ性アリ」と云ふならば、犬は風俗壊乱の性あり、燕は家宅侵入の性あり、蛇は脅迫けふはくの性あり、てふは浮浪の性あり、さめは殺人の性ありと云つても差支さしつかへない道理であらう。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)