ふな)” の例文
勘作は起きあがって笊の中をのぞいた。大きな二尺ばかりの鯉が四ひきと、他にふなはやなどが数多たくさん入っていた。勘作は驚いて眼をみはった。
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あの田圃の畔を流れる川の水は綺麗だったなあ、せりが——芹が川の中に青々と沈んでいやがった。ふなを捕ったり、泥鰌どじょうを取ったり……
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其処そこけては我等わしらふなぢや。案山子かゝしみのさばいてらうとするなら、ぴち/\ねる、見事みごとおよぐぞ。老爺ぢい広言くわうげんくではねえ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
するうち或日の事、学生の釣り上げたふなかと思う大きな魚がわれわれのボートに飛び込んだ。学生は大きな声を出してわれわれを呼んだ。
向島 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「こんなきたねえ堀になっちまっただ」と長が云った、「田圃ができて農薬を使うからねえっ、いまじゃふな一尾いやあしねえだよ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幾百千とも知れぬ小魚が、くるくると光の渦を巻きながら魚紋を描いているのをゆびさして、ふなじゃ、こいじゃ、といい争っていると
ところが迎ひの大臣は、ふなよりひどい近眼だつた。わざと馬から下りないで、両手を振つて、みんなに何か命令してると考へた。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そのほか、植木の世話をする(水をやること)当番、みんなで飼っているふなの世話をする当番、男の子、女の子の区別はない。
東の池に船などをけて、御所の飼い役人、院の鵜飼いの者に鵜をろさせてお置きになった。小さいふななどを鵜は取った。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼女は、七八歳の子供の頃、店の小僧に手伝って貰って、たもを持ってよく金魚やふなをすくって楽しんだ往時を想いめぐらした。
晩春 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ジストマに罹ったふなを食べると人の肝臓かんぞうにもジストマが発生して危険な事もある。だから食物は五味を調和して殺虫剤を食べなければならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
俊夫君は途中の魚屋で三寸ほどのふなを一匹買い、それに新聞紙を幾重にも巻き、外から少しもにおいのせぬまで包んで、ポケットに入れました。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
銀子はそこで七八つになり、昼前は筏に乗ったり、攩網たもふなすくったり、石垣いしがきすきに手を入れて小蟹こがにを捕ったりしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
別にふなはえしたのを粉にした鮒粉ふなこと云うものを用意してこの二つを半々に混じ大根の葉をったしるくなかなか面倒なものであるそのほか声を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
種類としてはたちのいいふななのを校長はすぐ見てとった。利根川とねがわを渡って一里、そこに板倉沼というのがある。沼のほとりに雷電らいでんを祭った神社がある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さざ波は足もとへ寄って来るにつれ、だんだん一匹のふなになった。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭おひれを動かしていた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
庭のすみござの上に、鶏やこひふなや芋やかぶなどが、山のやうにつみ重ねてあつて、そのまはりに犬達が並んでゐます。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
「それにこの間向う岸であの子が一人で、ふなを釣っていたの。よく似た子だと思うとあの子は目が見えるような顔をして、弟さんと一しょにいたの。」
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「ちょっといらっしてごらんなさいな。小さなふなかしらたくさんいますわ」と、藤さんはまぶしそうにこちらを見る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
しかし、今朝けさ程から茄子なすびの黒焼を酒で飲みまして、御覧の通り、妙薬のふなを潰して貼っておりますけに、おかげで余程痛みがくつろいだようで御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
栂の尾から余等は広沢ひろさわの池をて嵐山に往った。広沢の池の水がされて、ふなや、どじょうが泥の中にばた/\して居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ふなはや、鯉、うぐひ、鰻、何でも結構である。一體に私は海のものより川の魚が好きだ。但しこれは海のものよりたべる機會が少ないからかも知れない。
樹木とその葉:07 野蒜の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
すすだらけな浪宅に竹脚の膳をすえ、裂いた松茸まつたけふな串焼くしやき、貧乏徳利をそばにおいて、チビリ、チビリ、昼の酒。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「親分、北冥ほくめいの魚でしょう。こいでもふなでも構わないが、ここに魚がありさえすりゃ、三万両と転げ込むんだが、無住になった寺方じゃ、いわしの頭もねえ——」
まっ赤に血走った眼、大きくふくれ上がった小鼻、ふなのようにひらいた唇、青ざめきってあい色に死相をたたえた顔、その顔で彼女はニヤニヤと笑ったのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小さなふなであったのである。ただ口をぱくぱくとやって鼻さきのいぼをうごめかしただけのことであったのに。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
横町でふな売りの声がきこえる。大通りでは大綿来い/\の唄がきこえる。冬の日は暗く寂しく暮れてゆく。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ところどころ籾殻もみがらであおっている。鶏は喜んであっちこちこぼれた米をひろっている。子供が小流で何か釣っている。「ふなか。」「ウン。」精の友達らしい。
鴫つき (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
にはいくらでもふなれるつちんだかららねえものがちやひどこまんねえ奴等やつらだとおもくれえなもんだんべのさ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
退学を決行して東京に上った余は大海に泳ぎ出たふなのようなものでどうしていいんだか判らなかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
鯉は何故なにゆえに鯉なりや、鯉とふなとの相異についての形而上けいじじょう学的考察、等々の、ばかばかしく高尚こうしょうな問題にひっかかって、いつも鯉を捕えそこなう男じゃろう、おまえは。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
尾張の治黙じもく寺に手習にやられたが、勿論手習なんぞ仕様ともしない。川からふなを獲って来てふきの葉でなますを造る位は罪の無い方で、朋輩の弁当を略奪して平げたりした。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それからまた片身の魚、片目のふななどという話もあります。焼いて食べようとしているところへ大師がやって来て、それを私にくれといって、乞い受けて小池へ放した。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ルピック夫人——そらそら! 嘘をこうと思って、もう、うろうろしてるじゃないか、あわったふなみたいに……。ゆっくり返事をおし。何を失くした? こまかい?
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
露伴ろはん先生の評釈では、ふなの鮓かさわらの鮓となっているが、「又も」と「大事の」が、相当長期間の保存を意味するようにみえる。そうするとかぶらずしの方が、ぴったりする。
かぶらずし (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
中には玉蜀黍とうもろこしを焼いて出すもあり、握飯の菜には昆布こぶふなの煮付を突出つきだしに載せて売りました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふなやたなごは迷惑めいわくな、るほどにるほどに、夕日ゆふひ西にしちてもかへるがしく、其子そのこのこくおさかなつて、よろこかほたいとでもおもふたので御座ござりましよ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
眼を見合せた両人ふたりの間には何らの電気も通わぬ。男は魚の事ばかり考えている。久一さんの頭の中には一尾のふな宿やどる余地がない。一行の舟は静かに太公望たいこうぼうの前を通り越す。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山路三里は子供には少し難儀で初めのうちこそ母よりも先に勇ましく飛んだりねたり、田溝のふなに石を投げたりして参りますが峠にかかるなかほどでへこたれてしまいました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
何時いつだったか、私の家へ、獲って来たばかりのなまずや、ふななどを売りに来た時心配屋の私の母が、時節柄、チブスやコレラの流行をおそれて買わなかったら、兵さんは、怪訝けげんそうに
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
どじょうなども八寸以上のものがよく獲れるそうである、沼尻川でいつか捕えたふなは、鮒とはいえない程余りに大きかったので、これこそ主とでもいうきものと如何にも気味わるく
尾瀬雑談 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
家に居ると息苦しいので、午飯をすますとすぐ、俊三と二人でふな釣りに行くことにした。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
蚯蚓 を用ゐるものははや釣、ふな釣、ドンコ釣、ゲイモ釣、うなぎ釣、手長海老てながえび釣、スツポン釣
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
風の日には吹きよせられたあとに水があらわれてふなが鼻をならべてるのがみえる。白い蓮の花の咲きみちてるのはこうごうしいものである。つぼみはさきのほうだけほんのりとあかい。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
夏じゅう寺内のK院の古池でふなを釣って遊んだぎ竿、腰にさげるようにできたテグスや針など入れる箱——そういったものなど詰められるのを、さすがに淋しい気持で眺めやった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
此所へ落ちたらそれりだ。藻やひしが手足にからんで、どうにも斯うにも動きが取れなく成るんだぞ。へへ、鯉でさえ、ふなでさえ、大きく成ると藻に搦まれて、往生するという魔所だ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
それは今の季節の京都に必ずなくてはならぬひがいの焼いたの、ふなの子なます明石鯛あかしだいのう塩、それから高野こうや豆腐の白醤油煮しろしょうゆにに、柔かい卵色湯葉と真青な莢豌豆さやえんどうの煮しめというような物であった。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「ほら! ほら! あとすこしでお濠でござるぞ。お濠の水雑炊みずぞうすいおたしなみなさるも御一興。ふな、鯉、どしょう、お好みならばいもり、すっぽんもおりましょうぞ。——ほらッ。ほらッ」
小姓はふなのやうに泳ぐやうな手附てつきをした。それを見て一座は声を揚げて笑つた。
そこで、私は兄妹を伴い巣離れのふなを狙い、水之趣味社の人々と行を共にして、千葉県と茨城県にまたがる水郷地方へ釣遊を試みたことがある。それは、娘が女学校の一、二年の頃であった。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)