きり)” の例文
そのなみだのきりの中から、わたしは、前列のこしかけにすわっていたわかいおくさんがいっしょうけんめい手をたたいているのを見た。
まずあなたの特色として第一に私の眼に映ったのは、ゆたかな情緒をこまやかにしかもきりかすみのように、ぼうっと写し出す御手際おてぎわです。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一郭、中がくぼんで、石碓いしうすを拡げた……右左みぎひだりは一面のきり。さしむかひに、其でも戸のいた前あたり、何処どこともなしに其の色が薄かつた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
またきりが出たのです。林の中はまもなくぼんやり白くなってしまいました。もう来た方がどっちかもわからなくなってしまったのです。
ゆうべは、裾野すそのの青すすきをふすまとして、けさはまだきりの深いころから、どこへというあてもなく、とぼとぼと歩きだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此頃のくせで、起き出る頃は、いつ満目まんもくきり。雨だなと思うと、朝飯食ってしまう頃からからりとれて、申分なき秋暑しゅうしょになる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
勘次かんじはしつて鬼怒川きぬがはきしつたとききりが一ぱいりて、みづかれ足許あしもとから二三げんさきえるのみであつた。きしにはふねつないでなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
明け方になると、こい、しめっぽいきりが、あたりいちめんに、おおいかかりました。お日さまののぼるすこし前に、風が吹きはじめました。
「ああ、あのつめたい、るような、きりないようにはならないものか。」と、はなは、しばしば、空想くうそうしたのであります。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
むこうを見ると、かっともえ立つようなもみじの林のおくに、白いきりがたちこめていて、しかのなく声がかなしくきこえました。
浦島太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そしてさいごに、すっかりぜんぶをひき入れて、クッラベルイに向かったときには、もうこれは雲ではなくて、きりのようになっていました。
きりふかい六ぐわつよるだつた。丁度ちやうどはら出張演習しゆつちやうえんしふ途上とじやうのことで、ながい四れつ縱隊じうたいつくつた我我われわれのA歩兵ほへい聯隊れんたいはC街道かいだうきたきたへと行進かうしんしてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
我々はもう目がさめた以上、御伽噺の中の国には、住んでいるわけには行きません。我々の前にはきりの奥から、もっと広い世界が浮んで来ます。
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふと、その空気の圧迫と、怪しい鳥の落ちて来る鳴き声に、過ぎにし武州御岳山のきり御坂みさかの夜のことが、彼の念頭を鉛のように抑えて来ました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夕ぐれ、めっきり水の細った秋の公園の噴水がきりのように淡い水量をき出しているそば子守ナース達は子を乗せた乳母車うばぐるまを押しながら家路いえじに帰って行く。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暫時しばらくすると箱根はこね峻嶺しゆんれいからあめおろしてた、きりのやうなあめなゝめぼくかすめてぶ。あたまうへ草山くさやま灰色はひいろくもれ/″\になつてはしる。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
するうちにそのきりの中から、ねじ曲がった二本のつののある頭が出て、それがほえると、続いてたくさんの頭が現われ出て、だんだん近づいて来ました。
辻の庭から打水うちみづ繁吹しぶききりがたちのぼり、風情ふぜいくははるサン・ジァック、塔の姿が見榮みばえする……風のまにまに、ふはふはと、夏水仙の匂、土のにほひ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ここでは雲といったが、きりといっても同じことで、雲と霧とは、本質的にはちがいがない。両方とも直径百分の二ミリ程度の小さい水滴の集まりである。
その翌朝は、きりがひどく巻いていた。私はレエンコートをひっかけて、まだ釘づけにされている教会の前を通り、その裏のとちの林の中を横切って行った。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
馬鹿ばかなペンペはだまされるともらずに、また片方かたほう眼玉めだまをたべてしまつた。もう四千メートルにちかきりなかだ。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
「いや、ドノバン、きりが風に吹かれてすこしうすくなったとき、みよしのすこし左のほうをごらんなさい」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「ああ、わたしはどこにいるのだろう。豆スープのようにきりだ。なんにも見えない。こんなひどい霧にあったことは、わたしのながい海上生活にも始めてだ」
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あるばん、村じゅうがねしずまったころに、きりのおくで、一ぴきの犬が、ぼうぼうとほえつづけました。
丘の銅像 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
後の世のものはこのお道すじを考えまして、おそらく尊は伊那いなの谷のほうから御坂峠にかかられ、それからきりはらの高原へと出られたことであったろうと申します。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここだけはほんとのことなので、思わずくすっと笑ったとき、空想くうそうきりのように消えてしまった。ゆく手から、風にみだされながらいつもの声がきこえたのである。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
この間長きときは三十分もあらん。あたりの茶店より茶菓子ちゃがしなどもてれど、飲食のみくわむとする人なし。下りになりてよりきりふかく、背後うしろより吹くかぜさむく、忽夏を忘れぬ。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ロミオ おれかくれぬ。むね惱悶なやみうめきのいききりのやうに立籠たちこめて追手おってふさいだららぬこと。
此諸人の気息いき正月三日の寒気ゆゑけふりのごとくきりのごとくてらせる神燈じんとうもこれがためくらく、人の気息いき屋根うらにつゆとなり雨のごとくにふり、人気破風はふよりもれて雲の立のぼるが如し。
三里弱の山坂を登つてきりみねのヒユッテへ著いた時分には、靴も帽子もびしよ/\でヒユッテの風呂と炬燵で暖まらなかつたら、肺気腫はいきしゆといふ持病のある私は或は肺炎になつて
霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
燕はこのわかいりりしい王子のかたに羽をすくめてうす寒い一夜を過ごし、翌日あくるひ町中をつつむきりがやや晴れて朝日がうらうらと東に登ろうとするころ旅立ちの用意をしていますと
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
月が出ているはずでしたが、きりのふかい夜で、うす暗くぼうっとしていました。すかしてみると、馬ごやの前に、黒いみなりの男が立っていて、馬ごやの中をのぞいていました。
長彦と丸彦 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
街々からきりが湧いて、長屋もドブ板も、生け垣も、妙に物々しく見える本郷の一角、開けて置いたらしい裏木戸を押して、やゝ廣い庭へ入ると、霧でぼかされた土藏の壁を手搜りに
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
そしてまず女神めがみが、いちばん先に、みこと十拳とつかつるぎをお取りになって、それを三つに折って、天真名井あめのまないという井戸で洗って、がりがりとおかみになり、ふっときりをお吹きになりますと
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
大野山おほぬやまきりたちわたるなげ息嘯おきそかぜきりたちわたる 〔巻五・七九九〕 山上憶良
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
見忘れたかね、無理はない、お前さんと逢って話をしたのは、今年の春のかすみの深かった晩で、今はきりの立つ秋の夜だからなあ。半年以上もたっているだろうよ。が、俺は覚えているよ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いとはず朝はしらむを待て起ききりみの山稼やまかせぎ人はもどれど黄昏たそがれすぎ月のなき星影ほしかげ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
きりのような雨が降っている。奥羽線に乗りかえて、それから弁当を買った。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
きりたちおほふて朧氣おぼろげなれども明日あした明日あしたはとひてまたそのほかにものいはず。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
映画が済んでから、またAデッキに出てみますと、太平洋は、けぶるような朧月夜おぼろづきよでした。きりがすこしたれこめ、うねりもゆるやかな海面を、ながめながら、Bデッキへの降り口にまで来たときです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
岩城いわき新免しんめんにござりますが、なにぶん折りあしくこのきりで……」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たまの惜しき盛りに 立つきり
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
接吻くちづけ』のうましかをりきりごと
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
きりにながるゝうつくしさ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
きりふかかはなりて
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
小六ころくなんにもこたへなかつた。臺所だいどころからきよつて含嗽茶碗うがひぢやわんつて、戸袋とぶくろまへつて、かみ一面いちめんれるほどきりいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
にしきふちに、きりけて尾花をばなへりとる、毛氈まうせんいた築島つきしまのやうなやまに、ものめづらしく一叢ひとむらみどり樹立こだち眞黄色まつきいろ公孫樹いてふ一本ひともと
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それを聞くと、死神は、自分の庭がこいしくなって、つめたい白いきりのように、ふわふわと、窓から出ていってしまいました。
しかしわたしには、またかんがえがあるから、そんなに心配しんぱいしないでもいいよ。お前たちはきりでおたがいに顔も見えずさびしいだろう
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
島の上も、海の上とおなじで、一めんにきりがたちこめていました。ところが、ニールスは、岸を見たとき、アッとおどろいてしまいました。