かたち)” の例文
夫れ人しば/\これによりて妨げられ、その尊きくはだてに身を背くることあたかも空しきかたちをみ、臆して退く獸の如し 四六—四八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
将軍はよろしく人の和をもって、それに鼎足ていそくかたちをとり、もって、天下三分の大気運を興すべきである——と、孔明は説くのであった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
是天地方円はうゑんあひだ生育そだつゆゑに、天地のかたちをはなれざる事子の親にるに相同じ。雪の六出りくしゆつする所以ゆゑんは、ものかず長数ちやうすういん半数はんすうやう也。
漢の王充の『論衡』六に世俗竜のかたちを画くに馬首蛇尾なりと出で、馬首蛇尾は取りも直さず海馬の恰好だ。唐の不空訳『大雲輪請雨経だいうんりんしょううぎょう
梁は覚えず体を舟のてすりに出して大声に言った。陳は梁の呼ぶ声を聞いて、棹をめさして水鳥のかたちを画いた舳に出て、梁を迎えて舟をやった。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
このあをじろい新月は、『王冠のかたち』であり、その王冠のいたゞいてゐるものは、『形象かたち無き形象かたち』(——ミルトンの『失樂園』)であつた。
人に教へられたまま小さい十銭銀貨三つを擲げてその裏面と表面で陰と陽を区別し、六つの銀貨をゆかに並べてそのかたちが現はれるままをしるした。
地山謙 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
忽ち物のかたちが煙りに沈んでゆくかのやうに薄ぼやけ、そして、滅茶々々に色硝子の器物が砕け散るかのやうに、混乱した。
村のストア派 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
丁ど颶風ぐふうでも來るやうな具合に、種々な考が種々のかたちになつて、ごた/\と一時にどツと押寄おしよせて來る………周三は面喰めんくらつてくわツとなつてしまふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
散る氣の習の付いて居る人は、の樣なかたちを現はすかといふに、先づ第一に瞳が其のいへを守らない。眼の功徳は三百六十や三千六百ともゆかぬ。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
鶴見にはその折の情景がようようにかたちそなえて喚起されるに従って、その夏というのは日華事変の起ったその年の夏であったように思われてくる。
幻灯会が終ると暫くは、あたりの物のかたちまでなつかしい陰翳に満たされていた。静三はよく恍惚とどこか遠くにある素晴しい世界を夢みるのだった。
昔の店 (新字新仮名) / 原民喜(著)
注意しない方がいい。これは画面で言ふとこの右寄りのあたりに群がつてゐるさまざまのかたちが混り合つて生れ出た、説明のできない調子なのだから。……
恢復期 (新字旧仮名) / 神西清(著)
前の方からも、また。あゝ月明りのおぼつかなさ。其光には何程どれほどの物のかたちが見えると言つたら好からう。其陰には何程の色が潜んで居ると言つたら好からう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そして月が明るく輝いて、物のかたちの上に青白い匂いを置いた。湖水の上には夕靄が薄すらと靉いて、水のおもてが水銀のように光っていた。彼女はじっと月明りにすかし見た。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三番町の梅木先生に行つて聽くと、内障眼で盲目になつた人の瞳は、物の見定めと言ふものがないから、灯にも物のかたちにもかまはずに、フラリフラリと動くものだ相です
もし上界の恐るべきまた麗しいかたちを肉眼で見得るものとするならば、夜の形象が、翼のある見知らぬ者らが、目に見えない境をぎりゆく青色の者らが、身をかがめて
ひたすらよ これの女童めわらは、文字書くと 習ふと書きぬ。その鳥の 鳥によく似ず、その魚の 魚とも見えね、あなあはれ 鳥や魚や、巧まずも なにか動きぬ、そのかげかたち
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「さるにても、そなたは、今宵は、つねならず事をいているように思われるな。水、到ってきょなる——のかたちには遠い遠い。悪しゅうはせぬ。わしのかくれ家までまいるがよい」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この話し声を、わが身に縁のうすいことのようにボンヤリと聞きながら、お艶がふらふらと橋の欄干に寄ると、世は移り変わり、かたちはちがっても、我欲がよくをあらわに渦をまく人の浪。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こうなってみると、物は動かないが、かたちが変るのを如何いかんともすることはできません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先生にとって人のかたちをとった一番の宝は、あなたでした。臨終の譫言うわごとにもあなたの名を呼ばれたのでも分かる。あなたは最後までも先生の恋人でした。あなたの為に先生は彼様あんな死をされた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
汚穢おわいくつ穿いて太陽の下を往くが、ここには一杯の佳き葡萄酒と、高邁こうまいなる感情の昂揚こうようがある、見えずといえども桂冠は我らの額高く輝き、かたちなけれど綾羅りょうらの衣我らを飾る、我らに掣肘せいちゅうなく
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生の動揺といったかたちが見えている中に、これはまた青嵐も吹かば吹け、碧瑠璃あおるりのさざれ石の間にはさまって、んまりとした死の静粛デッド・カアムネス! それでいて、眠っているのではない、どこか冴え切って
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そしてもつれたりほぐれたり、結ばつたり解けたりして、気まぐれなかたちをつくり出す。その不意の衝突も、混乱を導く事は出来ない。同じ列の毛虫はみんな一様に真面目な歩き方で列を進める。
ある宵われまどにあたりて横はる。ところは海のさと、秋高く天朗らかにして、よろづのかたち、よろづの物、凛乎りんことして我に迫る。あたかも我が真率ならざるを笑ふに似たり。恰も我が局促きよくそくたるを嘲るに似たり。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
物のかたちも筋めよく、ビザンチンかたごと
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
花のかたちの眼に見えて
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
いまだかたちを…………
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ただ、降りつのるぼたん雪が、夜半のように静かに、また、たった今、通り過ぎた総てのかたちのものを、夢かのように、かき消していた。
誰か彼がさちあれといひゐたるを疑はむ、そは尊き愛を開かんとて鑰を𢌞まはせる女のかたちかしこにあらはされたればなり 四〇—四二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
凡そ内より外に對ひて發舒展開せんとするのかたちは、皆張る氣の相にして、人に就て之を言へば、吾が打對ふところに吾が心の一ぱいになる氣合である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
発見アナグノオリスの種類に於て、最も屡々用ひられるものはかたちに依る発見である。この象のうちのあるものは先天的である。
卓上演説 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
さういふかたちだけはどうにか知つてゐて、おぼつかない素人易者はただもう一心に筮竹を働かしたが、そのうちに筮竹をうごかすことが非常に骨が折れて来て
地山謙 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
雨がかかるとうぐいすかたちあらわれるように言い伝えられた大きな石の傍へ来掛る頃は、復た連の二人がサッサと歩き出した。二人の後姿は突出た石垣の蔭に成った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三番町の梅木先生に行って聴くと、内障眼で盲目になった人の瞳は、物の見定めというものがないから、灯にも物のかたちにもかまわずに、フラリフラリと動くものだそうです
その不思議な幾何学的図形にいっそうよく似たかたちを想像しようとするならば、くさむらのように錯雑した不思議な東方文字を、暗黒面の上に平たく置いたと仮定すればよろしい。
合符がっぷ、剣にしたがっていまだに別在しているところに、地下の孫六のたましいは休まる暇とてもなく、それが地表にあらわれてこのあらゆる惨風凄雨さんぷうせいうかたちっているのであろう……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
細君に用心さっしゃれ、お前様の奥様がよろしくないで、どうもお前様の邪魔をしたがるかたちじゃ。夫妻反目は妻たるものの不貞不敬は勿論もちろんなれども、その夫たるものにも罪がないとは申し難い。
聴きてゐつ心に読むと沁む文字の声ことごとくかたちありにし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
物のかたちも筋めよく、ビザンチンかたごと
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
める鳥——物のかたちことやうに。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
鏡にひらく花のかたち
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
いまだかたちを……
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
私の身はいま、そのかたちにおいては、虎口の危うき中にいますが、しかし安きこと泰山の如しです。決してご心配くださいますな。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとへば數多き熾火おきびよりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかのかたちよりたゞ一の響きいでたり 一九—二一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
此の月齡の第七八より第十五第十六に至る間の潮は、此れを氣に比すば、即ち張る氣のかたちである。其の後、漸々に低くなつて行く潮は、たとへば弛む氣である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その頃の心のかたちを創作にして見たならば、そんな風にY子が自分の心に喰ひ入つてゐたのかしら? ——彼は斯うも思つて見たが、それもあまりに空々しかつた。
小川の流れ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それが僕の心にかたちを取るまで、あせらずに待つより外に仕方がないと思います。旅は僕を他力宗の信者にしました。僕はお念仏を唱えて、日々進んで行って見ようと思います。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火造り——せんすきともいい、はじめてやすりを用いていよいよかたちをきわめる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)