ころも)” の例文
いろいろの異様なるころもを着て、白くまた黒き百眼ひゃくまなこ掛けたる人、群をなして往来ゆききし、ここかしこなる窓には毛氈もうせん垂れて、物見としたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
不幸で沈んだと名乗るふちはないけれども、孝心なと聞けばなつかしい流れの花の、旅のころもおもかげに立ったのが、しがらみかかる部屋の入口。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金の十字架じゅうじか、金で飾りたてた祭壇さいだん、金のころもを着た僧侶そうりょたち! 教会のまむかいには、ギザギザのある屋根を持った建物がありました。
ころもを見たという者が出てきました。何か人間の形をした大きなものが暗い空をふわりふわり飛んでいた、という者が出てきました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それに薄くころもをつけ、空揚げにした味は酒席の前菜として杯の運びをまことによく助ける。私らは、ほんとうに賞喫したのである。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
會堂の附近を歩いてゐる時、行く手の向うに墨染のころもを着た小柄のG師の端嚴な姿を見つけると、圭一郎はこそ/\逃げかくれた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
双子のお星様たちは悦んでつめたい水晶すいしょうのような流れを浴び、においのいい青光りのうすもののころもを着け新らしい白光りの沓をはきました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
快川かいせんは、伊那丸いなまるの落ちたのを見とどけてから、やおら、払子ほっすころもそでにいだきながら、恵林寺えりんじ楼門ろうもんへしずかにのぼっていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分じぶんは、ちょうどはげあたまなので、そのてらぼうさんになりました。くろころもをまとって、一にち御堂おどうなかでおきょうんでらしました。
女の魚売り (新字新仮名) / 小川未明(著)
売僧まいす、ちんかも座興ざきょうにしては折檻せっかんが過ぎようぞ、眉間傷が夜鳴き致して見参けんざんじゃ。大慈大悲のころもとやらをかき合せて出迎えせい」
衣透姫そとおりひめに小町のころもを懸けたという文三の品題みたては、それはれた慾眼の贔負沙汰ひいきざたかも知れないが、とにもかくにも十人並優れて美くしい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そこは平田門人仲間に知らないもののない染め物屋伊勢久いせきゅうの店のある麩屋町ふやまちに近い。正香自身が仮寓かぐうするころもたなへもそう遠くない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あなたはあなたのみちを別々に辿たどられたのも致方は無いものゝ、先生が肉のころもを脱がれた今日、私は金婚式でも金剛石婚式こんごうせきこんしきでもなく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けば/\しい馬鹿げたころもを身にまとひ、鈴附きのつの形帽子を戴いて、台石のもとにうづくまり、涙に満ちたまなこで永遠の女神を見上げてゐる。
汝これを知る、そはそがためにウティカにて汝は死をも苦しみとせず、大いなる日にあざやかなるべきころもをこゝに棄てたればなり 七三—七五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
クリストは又或時はやむを得ず奇蹟を行つた為に、——或長病ながわづらひに苦しんだ女の彼のころもにさはつた為に彼の力の脱けるのを感じた。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
袖やすそのあたりが、恰度ちょうどせみころものように、雪明りにいて見えて、それを通して、庭の梧桐あおぎり金目かなめなどの木立がボーッと見えるのである
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
ころもは禅僧の如くみずから縫い酒は隠士いんしを学んで自ら落葉をいて暖むるにはかじというような事を、ふとある事件から感じたまでの事である。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
駄々をこねあげくに後ろにどうとひっくりかえるとその緋のはかまがそのまま赤いころもとなってグロテスクな達磨だるまと変じヒョコ/\とおどり出す。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
小林君は金色の仮面と、金色のころもと、金色のシャツやズボン下を、手にもっていました。金色の仏像にばけた変装の衣装です。
仮面の恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ちょうどそのときバルブレンのおっかあが、大きな木のさじをはちに入れて、ころもを一さじ、おなべの中にあけていたのだもの。
うえたり、しかしてのち世界億千万の食足らずして饑餓に苦しむを推察せり、(醍醐天皇寒夜にころもを脱して民の疾苦を思いし例を参考せよ)
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
横笛が事、御容しなきこと小子それがしに取りては此上もなき善知識。今日けふを限りに世を厭ひて誠の道に入り、墨染のころもに一生を送りたき小子それがしが決心。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
さうしてとげえた野茨のばらさへしろころもかざつてこゝろよいひた/\とあふてはたがひ首肯うなづきながらきないおもひ私語さゝやいてるのに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
引開れば是はまた家は裳脱もぬけのからころもつゝなれにし夜具やぐ蒲團ふとんも其まゝあれど主はゐず怪有けふなる事の景況ありさまに是さへ合點がてんゆかざりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「麦の穂はころもへだてておん肌を刺すまで伸びぬいざや別れむ」「日は紅しひとにはひとの悲しみの厳かなるに泪は落つれ」
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
長崎の奉行所に廻勤かいきんに行くその若党わかとうに雇われてお供をした所が、和尚が馬鹿に長いころもか装束か妙なものを着て居て、奉行所の門で駕籠かごを出ると
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とすぐにかみをつけました。これはいくさ場所ばしょがちょうど衣川ころもがわのそばの「ころもたて」というところでしたから、義家よしいえ貞任さだとう
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
投げ棄てるころもであらわれた神は煩累わずらい大人うしの神、投げ棄てるはかまであらわれた神はチマタの神、投げ棄てる冠であらわれた神はアキグヒの大人の神
これとても狩野古方眼かのうこほうげんが始めて夢想したという説もあって、中古にはころも羽団扇はうちわなどを持った鼻高様はなたかさまは想像することができなかったのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ころもを奪いたる姿を、そのままに写すだけにては、物足らぬと見えて、くまでも裸体はだかを、衣冠の世に押し出そうとする。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、厳密にいえば、青鬼赤鬼が、ころもをからげて、田を耕している群像が横向きになって立っていたばかりであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
み吉野にありし美稲くましね、天つ女に来り通ひて、その後は譴蒙せめかがふりて、ひれころも着て飛びにきといふ、これもまたこれの島根の、人にこそありきといふなれ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それから裏漉しにして牛乳を交ぜて摺るとマッシといってキントンのころものようなものになります。茶巾絞りはお団子の位な大きさに茶巾で絞るのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ですから、その男の妻は、後になって死人のからだにさわらないでもいいように、夫のからだのまわりに皮のころもをしっかりといつけて、たずねました。
それで、ふらふらと歩いて、まちの見下せる処まで往った。市は脚下にやすらって居り、月と河とで取巻く光輝のころものうちに身を埋め、ひそひそとささやいた。
背山の方は、尾根おねがうしろの峰につづいて、形が整っていないけれども、妹山の方は全く独立どくりつした一つの円錐状えんすいじょうの丘が、こんもりと緑葉樹のころもを着ている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「君に勧む、金縷きんるころもを惜むなかれ。君に勧む、すべからく少年の時を惜むべし。花有り折るにへなばただちに折るし。花無きを待つてむなしく枝を折ることなかれ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「白菅の真野の榛原心ゆもおもはぬ吾しころもりつ」(同・一三五四)、「住吉の岸野の榛ににほふれどにほはぬ我やにほひて居らむ」(巻十六・三八〇一)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
はなはだつまらぬことながら、洋服ではころもかんに至り袖腕そでわんに至る筆法は行われない。シャツを着たり、靴を穿いたりすると、行儀も改っておとなしくなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
囘龍は直ちにころもを脱して盗賊に渡した。盗賊はその時、始めて袖にかかっているものに気がついた。さすがの追剥ぎも驚いて、ころもを取り落して、飛び退いた。
ろくろ首 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
それじきは、いろし、ちからをつけ、いのちぶ。ころもは、さむさをふせぎ、あつさえ、はぢをかくす。人にものをする人は、人のいろをまし、ちからをそへ、いのちぐなり。
ちょうど天ぷらのころものようなものになる。このとき標本を暖かい部屋に持ち込むと、雪は溶けて水となり、この水はポリビニルの薄膜を通して蒸発してしまう。
雪の化石2 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ロミオ さいはよるころもてゐる、見附みつけらるゝはずはない。とはいへそもじあいせられずば、立地たちどころ見附みつけられ、にくまれて、ころされたい、あいされぬくるしみをのばさうより。
そして、朝霧のかかった谷川の岸に出てそこでころもを脱いで行水ぎょうずいをやった。皆黙黙として何人だれも一ごんを発する者がない。彼も同じように冷たい氷のような行水をした。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
赤縞あかじまのワイシャツなどを着て、妙に気取っている。「からだころもまさるならずや」とあるを未だ読まぬか。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
殊にこの僧都は天台てんだいとか真言しんごんとかの美くしいころもでもた坊さんであろうから、それが春の水の上に浮んでいるところに、美くしさの上の調和もあるのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
剃りたての青い頭で、まだ着なれぬころもを着た栄蔵は、翌朝、風呂敷包ふろしきづつみを一つ下げて家へやつていつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
堅気なふうなのもあり、武士もあり、またころもをつけてくるのもある。いずれもひと癖あり気な、眼のキョロリとしたやつばかり、人間ならば、人相が悪いというところ。
北の山々は夜のころもをまだ脱がぬと見えて、くずれかかった砲塁ほうるいのような黒雲くろくもうずたかく拡がっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)