ぎぬ)” の例文
他の女中が悪いことをして、あたいに濡れぎぬをきせたんだよ。あのまたおかみさんという人も、あんまり眼がなさ過ぎるじゃないか。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
五つぎぬ上衣うわぎ青海波せいがいはに色鳥の美しい彩色つくりえを置いたのを着て、又その上には薄萌黄うすもえぎ地に濃緑こみどりの玉藻をぬい出した唐衣からごろもをかさねていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、予は昨夜ゆうべもあのこもだれの中で、独りうとうとと眠ってると、柳の五つぎぬを着た姫君の姿が、夢に予の枕もとへ歩みよられた。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
困つた事には足に坐り癖がついてゐて、うすぎぬばかりの曲線の際立つ姿で腰かけてゐると、自然と内輪に曲つてゐて怖ろしく醜くかつた。
今は、汚れをいとうひまもなく、延べのきせるを投げ捨てて、ぎぬをつかんで、投げ捨てると、両手で、死骸の首を抱き上げるように——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「錢形の親分にお願ひして、何とかお冬のぎぬが干してやりてえ、あの女は、そんな大それたことの出來る女ぢやねえ——つて言ひますぜ」
俺は今に怨みに思っておるぞ! 事実をい、俺に濡れぎぬを着せたあげく、俺の股へ斬り付け、躄者になる原因を作ったな。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子飼こがいの時より一方ひとかたならぬ大恩を受けながらそのような身の程知らずの不料簡ふりょうけんは起しませぬ思いも寄らぬぎぬでござりますと今度は春琴に口を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、仮死したままうごかないまゆずみと、いつぎぬにつつまれた高貴さとに、女性美の極致を見たように茫然と打たれながら
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつぎぬ檜扇おうぎをさしかざしたといったらよいでしょうか、王朝式といっても、丸いお顔じゃありません、ほんとに輪郭のよくととのった、瓜実顔うりざねがおです。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもって旅行するようになるのですから、まして夫人方は「虫の垂れぎぬ」をかぶった大時代や、「あづまからげ」に草履ばき
旅行の今昔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私めのためにとんでもないぎぬをお着になったお恨みは、必ずお晴らし申します。特別御贔屓にして頂きました私めの、これがせめてもの御恩返しでございます。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
オマエガオ入リニハ、兵庫ハカリぎぬヲ着テ門マデオ迎エニ出ル、ソレカラ座敷ヘ出ロ、昨日ノ不調法ヲワビサセルカラ挨拶ヲシテヤレト云ウカラ、聞届ケタトイエ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「つるばみの解洗ときあらぎぬのあやしくも殊に着欲きほしきこのゆふべかも」(巻七・一三一四)という前例がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼は脇差わきざしをぬき取った。肩脱ぎのうすぎぬに肩を一度は入れて、そしてするすると帯を解きほごした。武士のいでたちを脱ぎ捨てるのである。襯衣シャツ腿引ももひきだけの姿になった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
来馬も可哀そうにとんだぬれぎぬをきせて、と云ったこと、それでいろ/\と山田をさぐると、佐々木の金入をもっていた事、この金入を証拠としてあかりをお立てになったら
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
船はやおら桟橋を離れた。空色そらいろぎぬ笑貌えがおの花嫁は、白い手巾はんかちを振り/\視界の外に消えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
主人の家の金を持って逃げようとたくらんだなぞとぎぬを着せて、殺してしまったんだよ。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
てつきり嫁だといふことになつたので若い嫁はぬれぎぬをきせられた。それが無念さに若嫁は里へ帰つたきり戻つて来ない。ところが嫁は妊娠してゐることが婦人科医によつて分つた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
かけひみづくるとて、嫁菜よめなくきひとみつゝ、やさしきひとこゝろかな、なんのすさみにもあらで、たらひにさしけるが、ひきときぎぬあゐえて、嫁菜よめな淺葱色あさぎいろえしを、菜畠なばたけ日南ひなたいこひて
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ええ、それはぼくにもわかります。しかし、そのために、大河君がぬれぎぬをきなければならないという道理はないでしょう。ぼくとしては、それがたまらないほど心苦しいんです。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
其方大切なればこそお師匠様と追従ついしようもしたれ、えきも無き他人を珍重には非らず、年来としごろ美事に育だて上げて、人にも褒められ我れも誇りし物を、口惜しきぎぬきせられしはの人ゆゑなり
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なんてことだ! 人にあられもないぎぬを着せただけで足りないで——このげす女はわたしまで! ああなんてことだろう! 夫の葬式の日に、腹さんざ人のご馳走ちそうになっておきながら
名月や肌は落著くひとへぎぬ 助然
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ぎぬは紺の単衣ひとえのよくかわ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ありぎぬ一三 三重の子が
うすぎぬすらもはおらずに
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
もや刈穗かりほのはふりぎぬ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
何か御主人のものをったとか、とんでもないぎぬをきせて、そのために、お仕着せまで取り上げられて、ほうり出されたのだそうです。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「銭形の親分にお願いして、何とかお冬のぎぬが干してやりてえ、あの女は、そんな大それたことの出来る女じゃねえ——って言いますぜ」
(又あざ笑ふ。)上方者かみがたものの尻押しをして、江戸つ子にぬれぎぬをきせるなぞとは、本當の江戸つ子でなければ出來ない藝だよ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「く、くやしい、わたし……。嘘ッぱちにも何も、まったく身に覚えなんかありませんもの。みんなあの居候めの、つくりごとです、ぎぬです」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(女子を見て)野を行く柩のかけぎぬが、麻で織られた白布でも、大理石の温槽ゆそうの中へ、流れて落つる雪どけ水でも、お前の今の心のように、清いものは世にあるまいが
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
束帶のいかめしい殿上人てんじやうびと、五つぎぬのなまめかしい青女房、珠數をかけた念佛僧、高足駄を穿いた侍學生、細長ほそながを着たわらはみてぐらをかざした陰陽師おんみやうじ——一々數へ立てゝ居りましたら
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
白状せば伯父が上にもかかる、我が罪は覚悟の上なれど物がたき伯父様にまでぎぬを着せて、されぬは貧乏のならひ、かかる事もする物と人の言ひはせぬか、悲しや何としたらよかろ
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
虚共実共つひにしれずして、方々におゐて自害有し人々、一人も及白状、某は不存、かれは存知たると云人もなく、ぬれぎぬを着て旅に赴きぬる事、宿業しゆくごふの程あさましと観念し終にけり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五つぎぬぎ、金冠をもぎとった、爵位も金権も何もない裸体になっても、離れぬ美と才と、彼女の持つものだけをもって、粛然としている。黒い一閑張いっかんばりの机の上には、新らしい聖書が置かれてある。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もや刈穂かりほのはふりぎぬ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
露をもった草の上に、ふさふさとした黒髪と、いつぎぬすそを流した、まだうら若い姫の顔がそっと横に寝かされた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前はそれが悲しいか。(間)黄昏の神の素足のような、美しく白い公子の肌が、麻の衣にかけぎぬされた樫の柩の底にある。彫刻の美も光がなければ、女の眼には映るまい。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうして、ひとりのあでやかな上臈じょうろうの立ち姿がまぼろしのように浮き出て来た。柳の五つぎぬにくれないの袴をはいて、唐衣からごろもをかさねた彼女の姿は、見おぼえのある玉藻であった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「お前の姿は、人目を忍ぶにしては、ノツポ過ぎて、恰好がつかないよ。つまらねえ隱しだてをすると、大變なぎぬを着なきやならないが——それも覺悟をして居るだらうな」
束帯のいかめしい殿上人てんじやうびと、五つぎぬのなまめかしい青女房、珠数をかけた念仏僧、高足駄を穿いた侍学生さむらひがくしやう細長ほそながを着たわらはみてぐらをかざした陰陽師おんみやうじ——一々数へ立てゝ居りましたら
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
白状はくぜうせば伯父おぢうへにもかゝる、つみ覺悟かくごうへなれどものがたき伯父樣おぢさまにまでぎぬせて、されぬは貧乏びんぼうのならひ、かゝることもするものひとひはせぬか、かなしやなんとしたらよかろ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わけても、新婦は、まだ華燭かしょくのかがやきのせない金色こんじき釵子さいしを黒髪にし、いつぎぬのたもとは薫々くんと高貴なとめの香りを歩むたびにうごかすのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……事実をい、俺にぎぬを着せたあげく、股へ一太刀! ……おのれ勘兵衛、もう一度野中の道了で決闘し、雌雄を決しようと、長い長い間、機会の来るのを待っていたのだ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
飛んだぎぬを着ることになる。
プーンと洩れてくる酒の薫り、朱の塗膳、銀の銚子、衣桁いこうの乱れぎぬ、すべてがなまめいて取り散らされている中に、御方は男と向い合ってあでやかな笑顔を微酔に染めていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女子 あの真先に小さく見える白い色のかけぎぬは、柩を包んだ経帷子きょうかたびらか?
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いまも月輪殿つきのわどの長築土ながついじまで来ると、路傍の物売りや尼や雑人ぞうにんたちの中にじって、旅笠にぎぬした若い女性と、そのそばに年ごろ八、九歳の可憐な少年が寄り添っているのが見えた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)