はえ)” の例文
蜻蛉とんぼはえでなければ行けない何物かの断層面にも似ていた。それを展望している間に驚くべき早さで三分間の時間が消去されたのだ。
「ヘーヘー恐れ煎豆いりまめはじけ豆ッ、あべこべに御意見か。ヘン、親のそしりはしりよりか些と自分の頭のはえでもうがいいや、面白くもない」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「こちらへ包んでおきました。ではお嬢様、どうぞご機嫌よろしゅう」「道中お気をつけなさいませ」「みずあたりやゴマのはえにも……」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あえてはえに限らず動植鉱物どうしょくこうぶつに限らず、人間の社会に存するあらゆる思想しそう風俗ふうぞく習慣しゅうかんについても、やはり同じようなことがいわれはしないか。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ようやく持て余し気味で、芝愛宕下一円の若い男が、追われたはえに戻るように、懲り性もなくお常の茶屋に集まっておりました。
なれども仔馬はぐんぐんれて行かれまする。向うのかどまがろうとして、仔馬はいそいで後肢あとあしを一方あげて、はらはえたたきました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
はえよ、蠅よ、蒼蠅あおばえよ。一つはらわたの中をされ、ボーンと。——やあ、殿、上﨟じょうろうたち、わしがの、今ここを引取るついでに、蒼蠅を一ツ申そう。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向こう側は、いっそうたけの高い藪原になって、驚くほど大きなはえが飛んでいた。その羽音が耳に聞こえる全部で、静かな地点であった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
荷物をつけて行く馬の新しい腹掛け、赤革あかがわの馬具から、首振るたびに動く麻のはえはらいまでが、なんとなくこの街道に活気を添える時だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日は夏をおもい出す様な日だった。午後寒暖計が六十八度に上った。白いちょうが出て舞う。はえが活動する。せみさえ一しきり鳴いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
はえといえば下らぬ者の上無しで、漢の班固をして、青蠅せいようは肉汁を好んでおぼれ死することを致す、と笑わしめた程の者であるが
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
はだにはシャツもつけず、足にはくつもはかず、身をおおう屋根もない。まったくそういうものを持たない空飛ぶはえのようである。
と、博士は壜の胴中どうなかについている蓋をひらいて、ふところから出した小さな紙袋から二匹のはえをポンポンと壜の中に追いやり、そして蓋を締めた。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
また風を起こすためには団扇うちわは扁平でなければならぬが、扁平である以上はこれを一種の薄板としてはえをたたくために用いることができる。
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
仮令たとい役人にならぬでも、かくに政府に近づいて何か金儲でもしようと云う熱心で、その有様ありさまは臭い物にはえのたかるようだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しつこくたかってくるはえ餓鬼がき共もうるさい。いもがおで左利きの、太物の許生員は、とうとう相棒の趙先達に声をかけた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
せめて昔の物語りに出て来る胡麻ごまはえにでもぶつかるか、或はまた、父母をたずねる女の巡礼と道連れになって、その哀れな身の上話をきいて
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ことにこの街道には、がんりきと言って一本腕で名代なだい胡麻ごまはえがいるから、なんでも一本腕の男が傍へ寄って来たら、ウントおどかしてやるがいい
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こはなにものかと、よくよくただして見れば、昼間にはえよけ玉がおちたるのを机の上に載せて置きながら、自ら忘れてしまったのであったそうだ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
真黒い天井からブラ下がった十しょくの電球ははえふん白茶気しらちゃけていた。その下の畳はブクブクに膨れて、何ともいえないせっぽい悪臭を放っていた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これらを奇異に吸収しながら、そのキャフェまえの歩道の一卓で生薑しょうが水とはえの卵を流しこんでいる日本人の旅行者夫妻、それから、すこし離れて
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「ふ、ふ、素手ではえを追うようになるより、いっそ、一日も早う、西へ帰してやるが、雪之丞のためになろうも知れぬ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この大渦巻の前へ出てははえの一匹と申し上げたいが、それよりもまだ小さくほとんどのみ一匹の大きさにしか過ぎません。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その中の一人が涼を求めて観の背後に出ると、土を取った跡らしい穴の底に新しい土がまっていて、その上に緑色に光るはえが群がり集まっていた。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
テムズの河畔エンバンクメントにはずらりと木かげに駄馬がやすみ、駄馬にはえが群れ飛び、蠅の羽に陽が光って、川づらの工作船が鈍いうなり声をあげるいいお天気だ。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
そしてこんどこそは、だれにも感づかれないように、ひょいと小さなはえにばけて、すうっと窓からとび出しました。
ぶくぶく長々火の目小僧 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
はえが一匹どういうつもりか、しきりにその日の当っているところでこつんこつんと障子の紙に躰当たいあたりをくれている。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
秋の日和ひよりと豊かな果樹園とに寄ってくるはえの群れしか君は見ていない。勤勉な蜜蜂みつばちの巣、働きの都、研鑚けんさんの熱、それを君は眼に留めたことがないんだ。
「そして、このお姉様も、およそ面倒くさい、うざうざじゃないかねえ。」「ふふん、仕方が無い、さ。」従妹はぱたん、と棕梠しゅろバタキではえたたいた。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ああ、このごろみみこえるこえぬがあってのオ。きんのはあさからみみなかはえが一ぴきぶんぶんいってやがって、いっこうこえんだった。」
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そこは農家の離れを次兄が借りたのだったが、私と妹とは避難先からつい皆と一緒にころがり込んだ形であった。牛小屋のはえは遠慮なく部屋中に群れて来た。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
と同時に大きなはえが一匹、どこからここへまぎれこんだか、にぶ羽音はおとを立てながら、ぼんやり頬杖ほおづえをついた陳のまわりに、不規則な円をえがき始めた。…………
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
麦わら帽子だの、はえたたきだの、笑わせるじゃないか、あんなものでも買うひとがあるんだろうねえ。いまどき蠅たたきなんかを買ってどうするのだろう。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
靴のほうは風呂敷にくるんで、わたしのそばの椅子いすにのせてあった。窓にはゼラニウムの鉢植えと、モスリンのぼろ布。そのぼろ布には、満足した数匹のはえ
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
御存じの琥珀こはくと云うものがありましょう。琥珀の中に時々はえが入ったのがある。かして見ると蠅に違ありませんが、要するに動きのとれない蠅であります。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
阿賀妻はちょっと頭をげ、上りがまちに手をかけてぽんと一跳ね土間に突っ立った。はえがわアんと飛び立った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
はえたたきつぶしたところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。単に蠅の現象をつぶしたばかりだ。——
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
自動車が近付くに従って林の中から一行を迎える歓呼の声が聞こえて来た。純白の天幕を囲繞とりまいて銅色の肌をした土人どもがはえのようにウヨウヨ集まっている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さっきからはえが一匹、ときどき病人の顔に来てとまるのを、妙子がしゃべりながら手で追い払ってやっていたが、突然、病人が「痛い痛い」と云うのを止めて
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この、人間をはえのように殺し、人間のこしらえた文明を玩具のように破壊した大地震は、言わば私の心の中までもゆすぶって、すっかり平衡を攪乱かくらんしてしまった。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄ながしめが光り、笑顔が湧き立っているレストランの天井には、物憂い冬のはえが幾匹も舞っていた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
島内を一巡して見たが、島中、椰子と蛸樹と麺麭パン樹とがギッシリ密生している。熟した麺麭のが沢山地上に落ち、その腐っているのへはえが真黒にたかっている。
機敏に眼を働かして、品物をる指の怪しげな働き方を監視し、いざとなれば、素早く、意地のきたないはえを追うように、その指を退けようと身構えている。
前の牛小舎では、荷車に山のように白い豆腐のおからが盛りあげて、はえがゴマのようにはじけている。おからが食べたくなる。葱を入れて油でいったら美味いな。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
駿河の志太しだ郡などはこの草の花と、はえの頭とを女の乳ですりまぜて、赤く色つけたものを目薬として使うという。しかも草の名の方はここでハナガラといっている。
この蜘蛛は部屋じゅうに巣をはっているので、はえが一匹飛んでも、風がちょっと吹いても、眠りをおどろかされ、向っ腹を立ててその根城から出撃してゆくのである。
夫人の口吻くちぶりから察すれば、夫人は周囲に集まっている男性を、はえ同様に思っているのかも知れない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たちまはえは群生して花壇や病舎の中を飛び廻った。病舎では、一疋の蠅は一挺いっちょうのピストルに等しく恐怖すべき敵であった。院内の窓という窓には尽く金網が張られ出した。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
身体をくねらして、もがいているらしく、両足が蜘蛛くもの巣にひっかかったはえのように動いている。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)