蟋蟀きりぎりす)” の例文
老人はしきりに虫の講釈をはじめて、今日こんにちでは殆ど子供の玩具おもちゃにしかならないような一匹三銭ぐらいの蟋蟀きりぎりすを大いに讃美していた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ははははは。門迷とまどいをしちゃア困るぜ。何だ、さッきから二階の櫺子れんじから覗いたり、店の格子に蟋蟀きりぎりすをきめたりしていたくせに」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
これが引摺ひきずって、足を見ながら情なそうな顔をする。蟋蟀きりぎりす𢪸がれたあしを口にくわえて泣くのを見るよう、目もあてられたものではない。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
某百貨店でトリルダインと称する機械を買って来て据付けた最初の日の夕食時に聞いたのは、伴奏入りの童話で「あり蟋蟀きりぎりす」の話であった。
ラジオ雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蟋蟀きりぎりすのように、カサリと、草の中にかがみ込んで見ていると、静かに、雪駄せったる足音が近づいて来る。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭ではスイッチョが鳴く。蟋蟀きりぎりすが鳴く。夜と云うに、蝉の一種が鳴く。隣の林にはガチャ/\が鳴く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夜更けて枕の未だ安まらぬ時蟋蟀きりぎりすの声を聞くは、まことの秋のこゝろなりけむ。その声を聞く時に、希望もなく、失望もなく、恐怖もなく、欣楽きんらくもなし。世の心全く失せて、秋のみ胸に充つるなり。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そいつが海に浮んで そいつが空に浮んでゐる そいつを蟋蟀きりぎりすが支へてゐる
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
わきよりは蟋蟀きりぎりすの足めきたるひじ現われつ、わなわなと戦慄ふるいつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇であいぬ。源叔父はその丸きみはりて乞食を見たり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
寒中の蘆の根、三年の霜を経た甘庶、つがい離れぬ一対の蟋蟀きりぎりす、実を結んだ平地の木……多くはなかなか手に入れ難いもので、それでもいいが、父の病は日一日と重くなり、遂に甲斐なく死亡した。
「吶喊」原序 (新字新仮名) / 魯迅(著)
迷信的空想的詩歌的音楽的美術的女性的夢幻的享楽的虚栄的に、イソップ物語の蟋蟀きりぎりすのやうに、いつまでも草は常緑で世は温暖であると信じて、恋物語や節会せちゑの噂で日を送つてゐる其の一方には
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路すざくおおじにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠いちめがさ揉烏帽子もみえぼしが、もう二三人はありそうなものである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある日しんとした真昼に、長いすすきが畳に伏さるように活けてあったら、いつどこから来たとも知れない蟋蟀きりぎりすがたった一つ、おとなしく中ほどに宿とまっていた。その時薄は虫の重みでしないそうに見えた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ相変らず蟋蟀きりぎりすが鳴しきって真円まんまるな月が悲しげに人を照すのみ。
血に染みしかがとのあたり、蟋蟀きりぎりす啼きもすずろぐ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あの蟋蟀きりぎりすの聲をまねてみた
あなたの二階の硝子窓がらすまどおのずから明るくなれば、青簾あおすだれ波紋なみうつ朝風に虫籠ゆらぎて、思い出したるように啼出なきだ蟋蟀きりぎりすの一声、いずれも凉し。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幾ら相場が狂ったって、日本橋から馬車に乗って、上野をてくで、道端の井戸で身体からだを洗って、蟋蟀きりぎりすの巣へへえってさ、山出しにけんつくを喰って、不景気な。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
陣幕とばりのすそにたかっている蟋蟀きりぎりすの影までが、いてみえる程に月は冴えていた。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丹塗にぬりの柱にとまっていた蟋蟀きりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
思いけりすでに幾夜いくよ蟋蟀きりぎりす
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蟋蟀きりぎりす
(旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
可愛い娘が機械にまき込まれて、死にかかった蟋蟀きりぎりすのように、手も足も折れてしまった。……。そんなむごたらしい姿を見せ付けられて堪るものか。
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぎい、ちよん、ぎい、ちよんと、どての草に蟋蟀きりぎりすの紛れて鳴くのが、やがて分れて、大川にただの音のみ、ぎい、と響く。ぎよ、ぎよツと鳴くのは五位鷺ごいさぎだらう。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今もびっしょりであわれである、昨夜ゆうべはこの雫の垂るる下で、死際の蟋蟀きりぎりすが鳴いていた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗い中から白い服装なり、麻の葉いろの巻つけ帯で、草履の音、ひた——ひた、と客を見て早や用意をしたか、蟋蟀きりぎりすかじった塗盆ぬりぼんに、朝顔茶碗の亀裂ひびだらけ、茶渋でびたのを二つのせて
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のりの声は、あしを渡り、柳に音ずれ、蟋蟀きりぎりすの鳴き細る人の枕に近づくのである。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蟋蟀きりぎりすにしては声がおおきいぞ——道理かな、いたち、かの鼬な。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるで不具かたわ蟋蟀きりぎりす
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)