ほたる)” の例文
新字:
ほたるもすそしのつまりて、うへ薄衣うすぎぬと、長襦袢ながじゆばんあひだてらして、模樣もやうはなに、に、くきに、うらきてすら/\とうつるにこそあれ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ああ、ひどく酔ってしまった、こう酔っては寝られもしない、これから染屋町の堤へほたるでも見に行こう、おまえ行って皆を呼んで来い」
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お客さまのうちにはよくほたるを啼けとか、疝気せんきの虫を啼けとかいう註文が出ますが、それはわたくし以上の天才にもおそらくできますまい。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
しかもその俗語の俗ならずしてかえって活動する、腐草ほたると化し淤泥おでいはちすを生ずるの趣あるを見ては誰かその奇術に驚かざらん。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ほたるがプイと飛んで行く。たれかがうしろで手をあげて大きくためいきをついた。それも間違ひかわからない。とにかくそらが少し明るくなった。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
此邊は江戸の郊外で、商賣屋はほんの少し、百姓家の外にはおびたゞしい寺と少しばかりの武家屋敷があり、夏になれば雲雀ひばりも揚がれば、ほたるも飛びます。
六月にはいると、麦は黄熟こうじゅくして刈り取られ、胡瓜きゅうりくきみじかきに花をもち、水草のあるところにはほたるやみを縫って飛んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さる子細しさいあればこそ此處こゝながれにおちこんでうそのありたけ串談じようだん其日そのひおくつてなさけ吉野紙よしのがみ薄物うすものに、ほたるひかりぴつかりとするばかりひとなみだは百ねんまんして
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
兎に角此気まぐれな小川でも、これあるが為に少しは田も出来る。つつみかやよしは青々としげって、殊更ことさらたけも高い。これあるが為に、夏はほたる根拠地こんきょちともなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
本郷の追分で降りて、ブリキのへいをくねくね曲ると、緑のペンキの脱落した、おそろしく頭でっかちな三階建の下宿屋の軒に、ほたる程の小さい字で社名が出ていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
其夜水のかゝりし処光り暉かゝやく事ほたるむらがりたるが如くなりしに、二三夜にしてその光りも消失きえうせけりとぞ。
それはほたるを捕まえた一人の男です。だしぬけに「これ螢ですか」と云って組合せた両の掌の隙を私達の鼻先に突出しました。螢がそのなかに美しい光を灯していました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼女は夫や客の為に食事の用意をして置いて、一緒に食おうともしなかった。裏の流の水草に寄るほたるは、桑畠の間を通って、南向の部屋に近い垣根の外まで迷って来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つぶりて折節橋の上で聞くさわぎ唄も易水えきすいさぶしと通りぬけるに冬吉は口惜くやしがりしがかの歌沢に申さらくせみほたるはかりにかけて鳴いて別りょか焦れて退きょかああわれこれを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
電燈の届かぬ遠くの方の魚達は、その目の玉ばかりが、夏の夜の川面かわもを飛びかうほたるの様に、縦横に、上下に、彗星すいせいの尾を引いて、あやしげな燐光りんこうを放ちながら、行違っています。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
光線の達せぬほどの深い海の底に住むアンコウの類には、糸の端の部があたかもほたるの尻のごとくに光り、暗夜に提燈ちょうちんを点じたごときありさまで他の小動物を誘い寄せるものがある。
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
昼間はほたるの宿であらう小草のなかから、葉には白いたてしまあざやかに染め出されたあしが、すらりと、十五六本もひとところに集つて、爽やかな長いそのうへ幅広な葉を風にそよがせて
さいしょに差し上げた手紙に、私の胸にかかっている虹の事を書きましたが、その虹はほたるの光みたいな、またはお星さまの光みたいな、そんなお上品な美しいものではないのです。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかしながら太陽がない時にも太陽をつくり出すのが、芸術家の役目である。それらの人々は、自分の小さな燈火をよくともしていた。ただそれはほたるの光ほどのものにすぎなかった。
まつたく、平生、人のゐないラマ塔の下のきざはしから、小さな火の光りがちらちらと見えました。ふつと消えたかと思へば、また黄色く光り出して、丁度草の中のほたるかなぞのやうでした。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
傷もすっかり癒ったと見え、ほたるヶ丘にいた時から見ると、肉附きもよく血色もよい。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
舟には解けたる髪の泥水にまみれしに、藻屑もくずかかりてたおれふしたる少女の姿、たれかあはれと見ざらむ。をりしも漕来る舟に驚きてか、蘆間を離れて、岸のかたへ高く飛びゆくほたるあり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ほたるが窓から迷ひこんで来る夜にも、行燈あんどんの黄色な光の下に本を開いてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
通り懸りけるに山下の溷際どぶぎは深網笠ふかあみがさの浪人者ぼろ/\したる身形みなりにて上には丸に三ツ引の定紋ぢやうもんつきたる黒絽くろろほたるもるばかりの古き羽織を着しうたひをうたひながら御憐愍ごれんみんをと云て往來の者に手の内を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
奥の方に入られてしもうて茫然ぼんやりと土間に突っ立ったままうちほたる脱去ぬけられしごとき思いをなしけるが、是非なく声をあげてまた案内を乞うに、口ある人のありやなしや薄寒き大寺の岑閑しんかん
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大空のうちに同じ星をながめ、または草の中に同じほたるをながめること。
本当にわたくしなぞがまあこんな珍しい見物さしていただきまして——あの何でございますか、さっき渡りましたあの川が宇治川で、あのほたるの名所で、ではあの駒沢こまざわ深雪みゆきにあいました所でございますね
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
鳴かぬ螢 「恋にこがれて鳴くせみよりも、鳴かぬほたるが身を焦がす」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
夏はほたる、秋は月、迷路の名所女影おなかげの里です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草の葉をすべるより飛ぶほたるかな
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
草芝をづるほたる羽音はおとかな
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ほたる野道のみち花火はなび
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
くさみだるゝほたる
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
ほたる
ほたる淺野川あさのがは上流じやうりうを、小立野こだつののぼる、鶴間谷つるまだにところいまらず、すごいほどおほく、暗夜あんやにはほたるなかひと姿すがたるばかりなりき。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ほたるであった。田圃を上りきると、今度は南の空の根方ねかたが赤く焼けて居る。東京程にもないが、此は横浜の火光あかりであろう。村々は死んだ様に真黒まっくろに寝て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
緑陰りょくいんかさなった夕闇にほたるの飛ぶのを、雪子やしげ子と追い回したこともあれば、寒い冬の月夜を歌留多かるたにふかして、からころと跫音あしおと高く帰って来たこともあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
御座さまほど私の心をたかぶらせき着けゆすぶって火のようにしたものはない、どんな化物も幽霊もあの方に比べれば真昼のほたるくらいなものだ、なんという方だろう
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其夜水のかゝりし処光り暉かゝやく事ほたるむらがりたるが如くなりしに、二三夜にしてその光りも消失きえうせけりとぞ。
帰り、カゴ町の広い草っぱらでほたるが飛んでいた。かえり十二時。白山はくさんまで長駆して歩いてかえる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
かきごしにさしいだ團扇うちわとらんとあぐればはづかしゝ美少年びせうねんかんとする團扇うちわさき一寸ちよつおさへて、おもひにもゆるはほたるばかりとおぼすかとあやしの一言ひとこと暫時しばし糸子いとこわれかひと
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この山地には俗に「道知らせ」と呼んで、ほたるの形したやさしい虫があるが、その青と紅のあざやかな色の背を見せたやつまでが案内顔に、街道を踏んで行く半蔵たちの行く先に飛んだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほたるかにぢやあるめえし、源氏だらうと平家だらうと一向構はないぢやないか」
そのくせ燭台しょくだいの火はゆらめいている。ほたるが一匹庭の木立ちを縫って通り過ぎた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
狩衣かりぎぬの袖の裏ほたるかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「いや、ほたるだろう」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はりに、青柳あをやぎ女郎花をみなへし松風まつかぜ羽衣はごろも夕顏ゆふがほ日中ひなか日暮ひぐれほたるひかる。(太公望たいこうばう)はふうするごとくで、殺生道具せつしやうだうぐ阿彌陀あみだなり。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
田圃たんぼや川のまわりにはほたるがいっぱいいて、夜などあるきに出ると、足の踏み場に困るほどである。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
真夜中まよなかにごろ/\と雷が鳴った。雨戸のすきから雷が光った。而してざあと雨の音がした。起きて雨戸を一枚って見たら、最早もう月が出て、沼の水にほたるの様に星が浮いて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おくさまは無言むごんにびすけつとをつくえうへせて、おまへふかしをするならるやうにしてさむさのしのぎをしていたらからうに、わかしはみづつて、おつたらほたる火のやうな
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)