蝸牛かたつむり)” の例文
まるで、大自然の威力の前に、脆弱ぜいじゃくな人間の文明がおどおどして、蝸牛かたつむりのように頭をかたく殻の中へかくして萎縮しているようである。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
蝸牛かたつむりにしてもやっぱりこの神仏の気を受けているように感じた。私はだんだん地蔵さんの附近に存在する昆虫を殺すことをしなくなった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その間を、陰気な石の段々が、蝸牛かたつむりからみたいに、上へ上へと際限もなく続いて居ります。本当に変てこれんな気持ちでしたよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こんな旅をするには人間の手で出来た一番早い機関車も、世界一週をしようと云ふ非常な野心を持つたのろ/\した蝸牛かたつむりのやうなものだ。
それには蜻蛉とんぼや、螇蚸ばったや、蝉や、蝸牛かたつむりや、蛙や、蟾蜍ひきがえるや、鳥や、その他の絵が何百となく、本物そっくりに、而も簡明にかかれてあった。
「え」と云いながら顔を上げた独仙君の山羊髯やぎひげを伝わって垂涎よだれが一筋長々と流れて、蝸牛かたつむりの這ったあとのように歴然と光っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その点から云えば蛙より蝸牛かたつむりの方がはるかにまさっている。蛙料理は上等のバタでフライにしてトマトケチャップをかけて食べる。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これは英国で、蝸牛かたつむりや牛肉や林檎りんごいぼを移し、わがくにでも、鳥居や蚊子木葉いすのきのはに疣を伝え去るごとく、頸の腫れを蛇に移すのだ。
蝸牛かたつむりも、田螺たにしも食うかと思えば、果実の類はまた最も好むところで、木にじ上ることの技能を兼ねているのはその故である。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして日々の出来事をどんなつまらぬ事でも書いた。隣家の竹垣に蝸牛かたつむりが幾つ居たということでも彼の手紙の材料となった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
蛍の幼虫は蝸牛かたつむりを食ふ時に全然蝸牛を殺してはしまはぬ。いつも新らしい肉を食ふ為に蝸牛を麻痺させてしまふだけである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
藪医者といふと、蝸牛かたつむりや、蟷螂かまきりと同じやうに草ぶかい片田舎にばかり住んでゐるやうに思ふ人があるかも知れないが、実際は都にも多いやうだ。
なんとも奇妙千万なのは、扇面で顔をかくして、いやらしい蝸牛かたつむりの顔つきを見せるのがある。あれは北斎漫画でも見ているようにものあやしい。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
しかし、進むというが、蝸牛かたつむりの旅である。一日、計ってみると、三マイル弱。まだパラギル山のしたあたりの位置らしい。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
フランスの鴨の肝だろうが、蝸牛かたつむりだろうが、比較にならない。もとより、てんぷら、うなぎ、寿司などの問題ではない。
河豚のこと (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
棒切れに突かれた蝸牛かたつむりみたいに恐ろしく引込み思案を初めたその君の心は、……お伽噺とはほんとに好い思いつきだよ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
それは曇った日の夕方のことで、ねずみ色に暮れかけた湖の上は蝸牛かたつむりった跡のようにところどころ鬼魅きみ悪く光っていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう、紙帳は、左門にとっては、ちょうど、蝸牛かたつむりにおける殻のようなものであった。肉体の半分のようなものであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
馬の背たけよりも高いふきの林もありました。アンデルセンのお話にある白いお家の蝸牛かたつむりや黒いお家の蝸牛もいました。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蝸牛かたつむりのように門を閉め、門札も出ている家もあり、ない家もあるという有様なので、知れにくいし、訊くにも訊き難い。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は胸がむずむずしてくるのを、しいて蝸牛かたつむりのように自分の殼の中だけに引込んでいたかった。そしてふと思いついて、炬燵を拵えようと云い出した。
不肖の兄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
つるつるすべる乳臭い唇だ。姪は叔父を見ながら蝸牛かたつむりのようなこぶしくわえようとして、ぎこちなく鼻の横へりつけた。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
窓の外にはネオ・アクメイズの姿がプロレタリアの肉体を蝸牛かたつむりのように這っている。アンナ・ニコロ接吻したまま
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
巧みに古色が付けてあるからどうしても数百年前のものとしか見えぬ。中に蝸牛かたつむりを這わして「つのふりわけよ」の句が刻してあるのなどはずいぶん面白い。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蝸牛かたつむりが背中に自分のからを背負つてゐるやうに、自分の心一つに、自分の寂しさを背負つて、その寂しさをこらへていくことが、きつと立派な修行なんだらう。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
その期待のたのしみは續く……蝸牛かたつむりは木の葉のゆらぎにでもその觸角を殼の中に閉ぢ込めなければならない。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
その後には、蝸牛かたつむりが這いまわった後のように、彼の内臓から吐き出された、糊のような汚物が振り撒かれた。
労働者の居ない船 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
講習生の人々は、何事が起きたのかと、ちょうど、軍鶏しゃもが自分の卵ほどの蝸牛かたつむりを投げ与えられた時のように、首をのばしかしげて、息を凝らして見つめました。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
家を負う蝸牛かたつむりの可愛気はなくて、ぐちゃりと唯意気地なさを代表した様で、それで青菜甘藍キャベツを何時の間にか意地汚なく喰い尽す蛞蝓と、枯枝の真似して居て
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
悪魔! 悪魔! 赤いももひきに赤いまんと、蝸牛かたつむりの頭巾に小意気こいきな鬚のメフィストフェレスは、いま銀のつばさを一ぱいに張ってこの大ぞらを飛行している。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ただもう蝸牛かたつむりの触角のように本能的な智慧を動かして、君枝を育てて来たのだが、それで、それなりに、君枝は一筋の道を歩かされて来たとでもいうべきだろうか。
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
蝸牛かたつむりの旅のよう全財産を携えながら、わずかとはいえそれでもトランクやスーツ・ケースに相応の荷物を納め、なにがしの停車場ステーションより汽車に乗り込んだものである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
………他の獣のあなへ這い込む、蟻塚をやたらに荒らす、蝸牛かたつむりを殻ごと噛みくだく。……鼠に出逢えば組打ちをはじめる。蛇や仔鼠を見れば絞め殺さずにはいられない。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
蝸牛かたつむりのような私のずんぐりむっくりした影。風呂へはいって、さっぱりと髪を洗う夢想。首筋から、胸へかけて、ぶつぶつとあせものかさぶたではどうにもなりません。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それははじめ普通の双眼鏡に見えましたが、その先を起すと、蝸牛かたつむりが角をはやしたようになります。のぞいて見ると、小形に似ずなかなか大きく、かつはっきりと見えます。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
非常な大きさの蝸牛かたつむりの柔かいようなもの——が、岩石の平たくなった上を一緒に這ったり、ざぶんと高い水音を立てて海の中へ落ち込んだりしているのが、見えたのである。
二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛かたつむりが背のびをしたように延びて、海をかかえ込んでいる函館はこだての街を見ていた。——漁夫は指元まで吸いつくした煙草たばこつばと一緒に捨てた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
むかしむかしから留まっていた蝸牛かたつむりが、ころりと落ちて死んだように見えたんですとさ。
前川は、角に触れられた蝸牛かたつむりのように、有頂天の気持から、たちまち身を縮めて、スワンのマッチなぞ、どこへも入れて来なかったかと、改めてズボンのポケットに、手をしのばせた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平次の一喝を喰らって、ガラッ八は頭を叩かれた蝸牛かたつむりのように引っ込みました。
さして変った物というほどではないが、蝸牛かたつむりや蛙も御免をこうむりたい。
庶民の食物 (新字新仮名) / 小泉信三(著)
「見えるか? あの枝先の蝸牛かたつむりが? 」と岸のけやきの木の枝先を指さした。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
再版の『獺祭だっさい書屋俳話』の表紙には、芭蕉の葉と小さい蝸牛かたつむりの画がかいてあった。芭蕉の葉の蝸牛は直に画になるが、尺蠖ではそうは行かない。が、句としては一の興味ある光景になっている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
是は『喜界島年中行事』に出ている話だが、ドンガは鼠の遊ぶ日として以前は耕作を休み、外に出ることをんだ。したがって誰も見た人は無かったはずなのに、この日は鼠が蝸牛かたつむりを口にくわえて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
粟粒あはつぶよりも小さい一部分なんだ。そのわれ/\の太陽系は広い宇宙を旅してるんだ。無論宇宙の広さに比べては、それは蝸牛かたつむりの歩みに等しいけれども、それでも少しづゝ、旅してゐる事は確かなんだ。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
蝸牛かたつむりめがこたへてつた、『はやい、はやい!』と横目よこめめて——
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
だって、私はまだ蝸牛かたつむり的テムポですもの、これから見れば。
蝸牛かたつむりL'Escargot
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
蝸牛かたつむりひまはる泥土ぬかるみ